第41話

 それは、突然過ぎた。

 夏になると、いくつも将棋祭りが開催される。若手女流棋士はどこの会場でも重宝される。特に今年はタイトルを獲ったということもあり、僕の出番も多かった。

 将棋祭りの楽しみの一つは、普段実現することのない対局が席上対局で実現するというところにもある。たくさんのお客さんの前で指し、解説の声も聞こえるということで、自然と対局も魅せることを意識した内容になる。

 僕も関西の先生との対局で、勝敗は気にせず楽しく指しているところだった。お客さんの様子も見ながら、盛り上がりそうな手を選ぶのも大事だ、と先輩には言われた。だから、時折会場を見回していた。子供も結構いるが、やはりおじさんが多い。

 いつもの光景だ。そう思っていた。しかし、ある一人のおじさんの姿を見て、そこから視線を動かせなくなってしまった。青いジャンパーに身を包んだ、白髪の目立つ、五十過ぎの男性。僕の知っている姿からはかなり歳を取っていたが、間違いなくそれは父の姿だった。

 十年ぶりの再会が、こんな形になるなんて。僕は動揺を隠し、何とか対局の方に集中しようとした。対局はできているが、どこかふわふわしてしまった。

 対局は、僕の負けだった。けれども、そんなことはどうでもよくなっていた。再び会場を見回した時には、父の姿は見つからなかった。

 将棋に全く興味のない父がここに来た理由なんて、たった一つしか思い浮かばない。おそらく、僕がプロになったことすら最近まで知らなかったのだろう。そしてニュースか何かで見て、娘の現状を知ったに違いない。そして僕がまだ「木田」を名乗っていることも。

 追いかけて行くほどの未練は何もない。泣くほどの感動もない。それでも僕の心は、平静ではいられなかった。

 僕の半分は、あの人でできている。

 見なければ、どうだっていい存在のままだったのだ。それが、僕を気にかけているなんて思ったら……

 人生には波がありすぎる。ああ、もう……

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