第6章

第37話

 癖になりそうだった。

 日差しが照りつけても、全然不快ではない。秋の沖縄は、何もかもがちょうどいい感じだった。

 また、来てしまった。

 今度は、仕事のスケジュールをきっちりと確認して、一か月前からチケットを取った。宿も、美鶴に聞いた、旅人と会話しやすい安宿を取った。

 空港に着き、まずはバスで北谷に向かった。那覇を抜け、海沿いの道を走る。

バスを降りると、左手にはショッピングセンターと大きな観覧車、右手には基地が見えた。

 ホームページに載っていた地図のコピーを頼りに、宿を探す。左手に基地を眺めながら、海から離れて進む。屋根の低い沖縄の住宅と、芝生にぽつんと立った基地内の住宅の違いがとても印象的だ。

 二階建てのほぼ民家、そこが今日の宿だった。

「こんにちは」

「あ、こんちは」

 中に入ると、カウンターにキャミソールを着た女の子が座っていた。右手にはうちわ、左手には缶ビール。

「あの、予約してたものです」

「ん、はいはい。えっと、女性一人は……木田さん?」

「はい」

「じゃ、説明とかするから。あ、お金は前払いだから。一泊だから……2000円ね」

 素泊まりでこの値段は、沖縄の安い宿では当たり前らしい。

「まず、こっち来てくださーい」

 宿の中を色々と案内される。後ろを着いていくが、短パンから赤い下着がはみ出て見えているのが気になった。

 風呂場やトイレを案内された後、共同スペースに。そこでは何人かの若者がくつろいでいた。

「飲食はここでね。あ、こちら今日から泊まる木田さん」

「こんちはー」

「こんにちは」

 みんな僕と同じぐらいの若さに見える。マンガを読んだりゲームをしたり、旅人とは思えないリラックス具合である。

 そのあと、今日のベッドに案内された。二段ベッドが二つ並んだ奥の下、それが僕のスペースだった。

「ここ女部屋だけど、男入ってきたら叫んでね。私かオーナーが飛んできてぶち殴るから」

「はあ」

「じゃあ、なんか質問あったら聞きに来てくださいね」

 むしろ女性と同じ部屋で寝る方が緊張するのだが、そんなことを言っても仕方がない。僕は荷物を足下に置き、とりあえず寝転がった。

 前に来た時よりも、風通しが良かった。部屋も、心も。もやもやとしたものは抱えたままだけれど、沖縄を楽しめそうな気がした。



 原付を借りて、思いつくままに走った。何となくだけれど、ガイドブックに載っていないようなものを感じたかった。

 砂浜で泳ぐ人たちが見える。バーベキューを楽しむ人たちも。アメリカっぽいお店が並んでいて、現地の人、観光客、軍の人、いろんな人が行き交っている。

 空気が僕の中に入ってきて、色々なものをくっつけて出ていく気がした。まあ、気がするだけだ。本当は何も解決していない。

 あの日以来、将棋と向き合えなくなった。研究もしないし、棋譜も並べない。対局も他の仕事も漠然とこなしてきた。引っ越したのに、会館にも行かなかった。人ともほとんど会わなかった。

 自分のことが嫌いになる。

 何かをしなければ、僕は何もかも失ってしまう、と思った。

 太陽が海へと落ちていく。

 このまま走り続けたかった。何日かすれば、またここに戻ってくるのではないか。でも、そんなことはできない。

 僕は感情を無にして、宿へと戻る。


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