第22話
多くの子供は、父から将棋を教わった、と言う。僕は、自分で学んだ。将棋の本を買って、こっそりとルールを覚えた。
僕は泥んこになって遊んだり、ヒーローのまねをしたり、野球に夢中になってはいけなかった。母は可愛いスカートを買ってきて、かわいい、かわいいと何度も言った。僕は反抗しなかった。自分がどういう存在なのか、ずっとずっと前から分かっていた気もする。我慢していれば、いつか変わることができる。そう、例えば将棋で一番になれたら。
教室では何も問題がなかったし、すぐに一番になることができた。学校の中でも、負けることはなくなった。そして、さびしくなった。女の子に負けたくないからと、相手も少なくなった。学校から帰ると、一人きりの部屋の中で、「僕対僕」で将棋を指した。強くなっているのか分からない。
それは、遠足の帰りだった。家の近くだけれど、普段は行かない場所を通った時、「将棋道場」の文字を見つけた。僕は立ち止り、しばらくその看板を見上げていた。
「木田さん、どうしたの」
先生の声に、しばらく考えてから僕は答えた。
「私……」
ここに行きたい、という言葉を飲み込んだ。誰にも言ってはいけない、と思った。僕は、いつかここに行く。誰にも止められないように、こっそりと。
すぐには決行しなかった。ばれたら、将棋自体を取り上げられてしまう、と思った。そして、ついにその日は来た。母が祖母のお見舞いで実家に戻り、父が帰ってくるまでの時間、僕は自由を得ることができた。父はだいたい、八時までは帰ってこない。
いったん家に帰り、ランドセルを置いた。高ぶる気持ちを抑えながら、しばらくじっとしていた。みんなが下校を終えてから、僕は道場に向かった。
ビルの二階。暗い階段を上って、重たい扉を開けた。畳の上に、脚付きの分厚い盤が並んでいた。対局している人はいなかった。
「お譲ちゃん、どうしたね」
「あ……ここ、将棋……指せますか?」
目の前に、大きな大きな手が現れた。視界から消えたかと思うと、頭をなでた。
「もちろん。お譲ちゃんは将棋指すんね」
「……はい! 日本一強くなりたいんです!」
それが、師匠との出会い。僕を見守ってくれる人……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます