第19話

 ただ待つ時ほど、緊張するときはない。

 夜の国際通り。短い沖縄滞在を楽しもうと、大人たちは店を探して歩いている。それを自分の店に勧誘する人たちもいる。僕は、そのどちらからも目立たないようにしていた。

 十分ほどして、彼女はやってきた。

 昼間とは違い、長いズボンに長袖のシャツを着ていた。髪はほどかれていて、ウェーブしながら、肩までかかっている。

「ごっめーん、遅れちゃった」

 手を振りながら駆けよってくる美鶴。僕は、少しだけ微笑みつつ、目立っていないかと辺りをうかがってしまう。

「シャワーがあかなくてさ。ドミトリーってそういうとこ不便なのよね」

 那覇に戻りレンタカーとレンタサイクルを返した後、ご飯を食べることを約束して美鶴と別れた。ホテルに戻っても、特にすることはなかった。個室は、どこに行っても個室だ。

「じゃ、行きましょ」

「うん」

 人の流れをうまくすり抜け、美鶴は進んでいく。僕も必死にそれについていく。そして、彼女は国際通りから外れ、狭い路地を進んでいく。人もまばらで、どことなくいいにおいがする。

 小さな木の扉の前で、美鶴は立ち止った。手招きされて入る。中もそれほど広くなく、半分以上がカウンター席だった。客はおじさんが三人。店主はタンクトップ、頭にはタオルを巻いたいかにも威勢のよさそうなお兄さんだった。

「おうっ、美鶴か」

「今日は綺麗なおねーさんつれてきたよ」

「よくやった。まあ、座って」

 店内は非常にきれいに片付けられており、先輩たちに連れて行かれる居酒屋とは少し雰囲気が違う。妙なポスターや写真が貼られていることもなく、見やすいようにメニューとその説明が書かれたものが貼られているだけだった。コップもきれいに洗われていて、おしゃれな広口のものだった。

「あ、このひと島崎さんね。こっちはさくら。将棋指すプロの人」

「へー、それは珍しい。お酒は飲める人?」

「あ、はい」

「じゃ、一杯目はサービスね」

 島崎さんは、コップを手に取り中にお茶を注いだ。そしてカウンターに置かれている黒い樽の中からお酒をすくい取り、それもコップの中に入れた。

「くーすーのさんぴん茶割りね。俺が沖縄に残ってるの、これ飲むためなんだよね」

「沖縄の人じゃないんですか」

「おう。旅行のつもりで来たんだけど、そのまま居ついちゃった」

「昔ここもドミトリーだったんだって。オーナーがやめちゃった時に、引き継いでお店にしちゃったの」

「ま、料理ぐらいしかできないし、家探すの面倒だったし。まー、楽じゃないけどね」

「へー。でも、私こういう雰囲気、好きです」

 コップに口を付けると、ジャスミンのいいにおいと、泡盛のつつくような刺激臭が同時に舞い込んできた。少しなめてみる。あまり癖はないものの、甘いような辛いような、なんとも言えない深い味わいがする。

「おいしい」

「おっ、わかる人だ。美鶴はまだ未成年だからね、飲ませてないんだよね」

「まったく真面目なんだから」

 美鶴は食べ慣れているのだろう、どんどんと注文をしていく。出てくるのは、野菜や魚たっぷりの、見るからにおいしそうな品々。派手すぎず、気取りすぎず、沖縄過ぎず。もっと生活に密着したところで店を出せばいいのに、なんて思う。けれどもきっと島崎さんは、那覇が好きなんだろう。何故ここに居つくことになって、どんなに居心地がよくて、ちょっと辛いこともあって、それでも楽しくて仕方ないということをずっと語ってくれた。

「でもね、友達とかが真似しようとすると止めるんだよね。俺のやってることは結局遊びだって。彼女できても結婚の話できないしさ、三十年続くと思わないし。お金とか将来とか考えたら沖縄来てる場合じゃないよって。でも、俺はここで遊ぶこと選んじゃったんだよねぇ。そんな奴いっぱいいるけどさ、せめて俺はうまいこと遊んでやろうって。

 まだ二年だけど、いっぱいあきらめて帰った奴見たよ。沖縄に休みに来てるんだよね。でもさ、現地の人は精一杯働いてるから、浮いちゃうんだよね。だから、稼ぐ時は稼ぐ、いかに遊びながら稼ぐかが大事だって思ったの」

「相変わらず熱いねー。お客さんこんだけで稼げてんの?」

「ま、きついけどさ。最近はお昼のランチ力入れたりとか、そういうのも楽しくなってきた。なんだかんだ言ってね、お金も欲しいっちゃ欲しいよね。ね、さくらちゃん」

「え……はあ」

 二杯目のコップが空いた。目の前がぼんやりとしてくる。

「僕はさ……結果がほしいです」

「そっか、勝負師だもんな」

「もっと、勝ちたいんです……」

 少しだけ、隙間を埋めていたものが透明になっていくのが分かった。ただ、少し濃い泡盛が、一時的に溶かしているだけかもしれないけれど。

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