第16話

 爽快である。

 沖縄を回るのはレンタカーがいいと言われ、ホテルとセットで申し込まされた。普段純然たるペーパードライバーなので、できれば運転は断りたかった。しかしいざ乗ってしまえば楽しいのだ。そして、その自覚があるからこそ乗りたくなかったのだ。

 生まれも育ちも山の中、プロになってからも東京の奥のほうに住んでいる僕にとって、この風景はまぶしすぎる。そういえば、仕事場自体がとっても狭くて、暗いところなのだ。「君のことを透明にする」というフレーズが、頭の中で繰り返される。

 カーナビに目的地を入れ、これも樹に借りてきたCDをデッキに入れる。何となく、優しいポップスにしてみた。おかげで少しスピードを落とすことができた。

 考えてみれば、ドライブなんてものもしたことがない。タイトルが獲れたら、そのお金で車を買うのも悪くないかもしれない。

 前後にもほとんど車がいない。最初の目的地である岬まで、快適な走りが楽しめるなぁ、と思っていたら。百メートルほど先で、こちらに手を振っている人がいる。ヒッチハイクかと思ったが、反対の手には自転車。白い短パンに黒いTシャツ、一瞬少年かと思ったが、顔を見るとかわいらしい女の子だった。何か困っているのだろうか、僕と眼が合うと、必死に訴えかけるようにさらに強く手を振りだした。

 何となく無視できなくて、僕は車を止めた。窓を開け、顔を出す。

「どうしたの?」

「あー、よかった!自転車パンクしちゃって。みんな無視するしさー」

 はきはきとした声の、元気な女の子。まだ高校生ぐらいだろうか。

「どうしたらいい?」

「うーん、自転車屋さんとかあるのかなぁ。これレンタルだし、勝手に修理していいのかな」

「観光?」

「うん。今日は」

 車から出て、自転車の様子を見る。後輪が何かに引っ掛かったのか、チューブだけでなくタイヤにも亀裂が走っており、とても何とかできる状態ではなかった。

「那覇から来たの?」

「うん。なんかね、朝思いたっちゃって」

「どこ行く予定だった?」

「とりあえず最初は、喜屋武きゃん岬」

「私もだよ。一緒に行こうか」

 なんとなく、だけれど。普段なら恥ずかしくて女の子なんて誘えないけれど、この子となら大丈夫だと思った。もちろん、旅の雰囲気が僕を大胆にさせているということもあるだろう。

「ほんと?いいの?」

「私もまだ沖縄のことよくわかんないしさ、一緒のほうが楽しいかも」

「やったぁ!あたし結構長いしさ、いろいろ話聞いてるから、案内できるよ」

 まずは二人で、自転車を後部座席に押し込んだ。ぎりぎりだったが、なんとか収納することができた。

「あ、そうそう。あたしの名前は美鶴。あなたは?」

「さくら。いいね、美鶴って」

「はは。よく男の子と間違えられるけどね」

「ミツル……そうだね」

 僕は、贈り物のように現れた彼女に、精一杯ほほ笑んだ。孤独を消し去るうえに、僕の心を刺激するほどではない少女。そして彼女にとっても、僕は安心できる女の子に見えていることだろう。

「さくらって呼んでいい?」

「うん。じゃあ私も美鶴って呼ぶね」

「オッケー。なんか、すごく運が良かった。ありがと」

 僕も運が良かったけれど、それは口に出さないことにした。もし出会ったのが男性だったら、僕は葛藤したかもしれない。もし出会ったのがきれいなタイプの人だったら、僕はためらったかもしれない。

 サトウキビ畑の中、狭い道を進んでいく。CDを、止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る