第15話
那覇空港からモノレール。青い空の下、のろのろと車両が走る。
思ったよりも一人の旅行者も多い。それでも多くのカップルもいる。なにくそ、と思う。
飛行機に乗るときわかったのは、旅慣れている人は鞄が違う、ということだった。タイヤのついたキャリーバッグをごろごろとひいている人が多い。僕もいろいろな場所に仕事で行くのだが、いつも高校時代から使っている大きな手提げで移動していた。一泊ぐらいならそれでいい、と思っていたが、今回は三泊の予定。仕方ないので、樹に旅行鞄を借りてきた。
街に入ると、沖縄っぽさは薄れる。建物はどこにでもある、白くて四角いものが多い。
プリントアウトしてきた地図を見るが、ホテルまでの道がなかなかわからなかった。地図の読めない女、という言葉を思い出し、意地で目的地を探す。ごちゃごちゃした道を通り抜け、二十分ほどたってようやくたどり着いた。茶色い建物の、どこにでもあるホテル。
ロビーも部屋も、普通だった。なんとなく、寂しくなってくる。このままいつもの遠征のように終わってしまったら、ぼくはタイトル戦前に何をしているんだろう、と思うことになってしまう。直観的な行動は、時に果てしない後悔を呼び起こす。
昨日買ったばかりの旅行ガイドブックを眺める。沖縄のことは何も知らず、那覇がどこにあるのかから探さないといけなかった。
今日はもう遅いので、遠くまでは行けない。ホテルから出て、国際通りへと向かう。ほとんどは観光客だろう、土産物店や郷土料理店に吸い込まれていく。牙を出して笑うシーサーや、泡盛の小瓶。不思議な文字の書かれたシャツ、銀色の光る三線。
僕が見に来たのは、これらの「証明書」ではない。これらは僕にさらなる色をこびりつかせてくる。それでも折角来たのだから、お土産ぐらい買っていこうと思う。
なんだか、こういうことは慣れない。修学旅行なんかで、仕方なく女子だけで行動するような時。いつも周りのテンションについていけず、気が付くと何も買えていなかった。かといって一人でも寂しいものだ。
棋士になってからも、あまり変わりはない。できるならば僕は、男性棋士たちともっと過ごしたい。けれどもそれも、叶わないことだ。何故一人でここに来てしまったのだろう。何故女装して彼に会おうと思ったのだろう。何故女流棋士になろうとしたのだろう。何故こんなにも後悔するのに、勝負の世界で生きようとしたのだろう。急に、いろいろな思いに襲われる。
「無責任」と書かれたTシャツの前で、しばらく僕は考え込んでいた。1800円のお土産を前に、必死に買うかどうかを悩んでいるように見えたかもしれない。まあいいや。せっかく旅に出たのだから、人目とか気にしても仕方ないのだ。
店を出て、とりあえずぶらぶらと歩く。お腹も減ってきた。食事のためにガイドブックを読みあさる気も起きず、目に着いた、アーケードの隙間のようなところにある沖縄そばの店に入った。
「えーと、ソーキそば」
とにかく面倒くさくて、一番目立つメニューを頼んだ。ソーキが何のことかはよく分からない。料理が出てくるまでの間、これじゃいかん、と気合を入れた。せっかくめったにしない旅をしているんだから、もっと積極的に楽しまなくては損だ。
出てきたソーキそばに対して、全神経を集中せる。そして、五分で食べ終わった。おいしかったが、とてもおいしい、とは感じなかった。僕はよく味に鈍感だと言われる。
本番は明日からだ。食事を終え、足早にホテルに戻った。いまのところ、感じるのは寂しさばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます