第3章

第14話

 時折、本当に暇な時期がある。

 タイトル戦を争っている最中なのに、そのほかの仕事が全くなく、一週間の休暇となっている。もちろんそんな時には将棋の勉強をするのだが、一日中というわけにもいかない。必ず、何か別のことをする。散歩に出たり、買い物に行ったり、ゲームをしたり。将棋以外のことをした後に、棋譜並べをする。一度頭の中をまっさらにしてからでないと、他人の作品を自分の思考から切り離して見ることが出来ないのだ。

 今日は、自転車に乗ってぶらぶらしていた。目的地はないが、景色を眺めるだけでも気分は和らぐ。ただ、スカートで漕ぐのは、少し恥ずかしい。高校生の頃も、できるだけ長めのスカートを、足にまとわりつかせるようにしていた。

 駅前の商店街、少し人が増えたので、自転車を降りた。ふと、一枚のポスターが目に入った。旅行代理店の、ツアーの案内だ。そこには、こう書かれていた。「青い海が、君のことを透明にする」

 僕は、そのポスターにくぎ付けになった。どこまでも青く澄んだ海の中に、水しぶきと、宙に浮かんだTシャツと短パン。海に入って、体が透明になってしまった、という絵。

 それは、沖縄だった。僕は旅行などほとんどしたことがなく、沖縄なんて遠い外国のように思っていた。でも、時間とお金があれば行けるんだと、気が付く。

 僕は店内に入って、順番を待って、そして係のお姉さんに言った。

「あの、ツアーじゃなくて……明日から沖縄に」

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