第13話
こういうとき、女の子ならばどんなパスタが似合うのだろう、などと考える。
目の前には川崎。今日は仕事があったらしく、スーツ姿だった。
考えてみると、長い付き合いだけど二人で食事など初めてだった。
「何か……違うね」
先ほどから川崎は、僕の方をチラチラと見ている。もちろん、予想通りの反応だった。
「そう?」
僕は、気づかないふりをしてメニューを見続ける。小さく首を傾げたり、頬杖をついてみたり。
「ああ……どう言っていいのかわからないけど」
「褒め言葉だと思っとくね」
まずは、成功だ。
「……あのさ、この前はごめんな」
「別に気にしてないよ」
「いや、酔っ払ってて……あんまり覚えてなくてさ」
「じゃあ、あれは嘘だったのかな?」
「えっ、な、何が?」
「はは。うそうそ、何も言ってないよ」
注文を取りに来た。パスタに付けるドリンクを、紅茶にしてみた。
「もうすぐだよね。みんな注目してるよ」
「木田ももうすぐ決着戦じゃない」
「そうだね」
料理が来るまでの時間は、不思議だ。喋るしかすることがないのに、なかなか本題に入ることができない。遠い昔の思い出などが、ぽつりぽつりと語られる。そのうちに本当に言いたかったことを忘れてしまう。
川崎の注文したものが、先に来た。ミートソースがてかてかと光っている。
「なんか、話題になってたよ。四冠に勝ったって」
「いやぁ。川崎があそこで突っ張ってくれたから」
「そりゃ、早く勝ちたいもん」
話し始めたら始めたで、こんなによく喋る人だったっけ、と思う。プロになる前には、僕らはほとんど話す機会がなかった。将棋の大会で会う、顔見知り。感想戦で話すことはあっても、当然中身は将棋についてだけ。そしてたぶん、僕がライバルと思っているほどには、川崎は僕のことを理解していなかった。そう、他の皆と同じように、女の子にしては強いな、というほどにしか意識していなかった。
その差は、埋まらなかった。むしろ、開いてしまった。それでも今、二人ともタイトル挑戦者として、目標を持って戦っている。川崎は、それが嬉しいらしい。
「木田が活躍してたからさ、俺もって」
それが本音だと実感することは、辛い。けれども僕は、演じることに徹しようと思う。そのために、ここまでしているのだ。
「そうね、私も、川崎に負けないようにする」
「あと一つだもんな」
「そうだね」
よく分からない味のパスタを食べ終わると、紅茶が運ばれてきた。砂糖はどれぐらい入れるのがいいのか。
「頑張ろう」
「うん」
ハンカチをバッグから取り出す。白くて花柄の破けてしまいそうな布。口元を拭く。
伝票は、川崎が持っていった。女の子は、それでいいらしい。
小さく手を振って、別れる。川崎の姿が見えなくなってから、大きく息を吐いた。やっぱり、女の子は疲れる。
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