第11話

 見えない。まだ絵が見えない。

 局面はすでに中盤を過ぎようとしている。

 すでに前例はない。自分で切り拓いていかなければならないのだ。

 覆い被さるような攻めを、ギリギリでかわしていく手順。神経も体力も消耗が激しい。

 盤面すらかすんできた。頭の中で、局面を構成する。持ち駒が曖昧になる。

 初めて、将棋が怖いと思った。選べる手なんて、実際にはそんなにない。それなのに、選ぶ手によっては、もう勝負は終わってしまうのだ。今まで何千局と指してきたはずなのに、初めて将棋というゲームをしている気になる。

 直感なのか読んでいるのか、恐れているのかやけくそなのか、よく分からないままに次の指し手を決めようとしていた。駒台に手を伸ばそうとした時、なぜか僕の右手は盤上をさまよっていた。僕の指は、玉をつまもうとしていた。体と心が、乖離している。必死になって、手を引っ込めた。将棋を指しているのは、僕だ。体はただ、従えばいい。体は、僕ではない……

 掌から、駒が滑るように盤へと落ちて行った。なんとか、指せた。そのとき、目の前に絵が浮かび上がってきた。青い花の中、小さな船が沈んでいく絵だった。

 悪手だった。

 脳が震えているのがわかった。僕の指した手は、受けとしては中途半端だった。一見攻めにも聞く攻防の一着のようでいて、玉の安全度を高められない中途半端な手になっている。

 心が、弱かった。

 崩れ落ちていく音がした。

 僕はふらふらと、終わらないだけの手を指し続けた。記録係や立会人の先生が何をしているのか、はっきりとわかった。皆の心が第三局へと向いているのが、わかった。

 栄養ドリンクが、その役割を果たせずに一本残っていた。僕はそれを、一気に飲みほした。この対局はもう、生きていない。けれども、勝負はまだ続いていくのだ。天井に向かって、息を吐いた。

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