第5話

「川崎は……金を寄らないと思います」

「ん?」

 思わず、口をはさんでしまった。皆の視線が、こちらに集中するのがわかる。

「金を寄るような手は、指さないと思います」

「へえ、なんでそう思うの」

「川崎は、そういうタイプの人間ですから」

 耳の後ろから、神経が釣りあげられるような感覚がしていた。に口答えする人間など、この世界にはいないのだ。言っていることが当たれば「さすが」だし、当たらなければ「対局者がへぼい」のだ。それなのに僕は、プロ棋士でもない僕は意見してしまった。

 そして、モニターの中で右端の歩が一つ進んだ。

「そうだね、木田さんは川崎君と同じ歳だったものね。昔の彼のことはよく知っているわけだ」

 検討陣の声が、半分ぐらいになっていた。皆が次の一手に神経を集中しているのがわかる。四冠と女流棋士、無謀な対戦の結果を、見届けようとしている。

 モニターの左上から、白くて細い腕が現れた。たぶん、三分もたっていない。そのことで僕は、賭けに勝ったと思った。手はそのまま右真ん中まで延び、左側の端歩を掴んだ。そして、少しだけ駒を宙に浮かせ、一マス進めて着地させる。後手、9五歩。過激な仕掛けの手だった。検討でもほとんど掘り下げなかった順だ。

「ほう。木田さんの予想通り、なのかな。私の負けだ」

 四冠は口を閉じたまま笑い、立ち上がるとそのまま部屋を出て行ってしまった。皆の視線が僕に集中している。僕は、率直な思いを口にした。

「こんな手、全く考えませんでした」

 誰かの「ははっ」という声をきっかけに、控室が笑いに包まれた。

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