第2話

「おめでとう」

 へとへとになった僕を、満面の笑みで迎えてくれた女性。先輩の、かなめ二段だ。僕よりも二つ年上で、とても優しくて、とても気さくで、とてもきれいだ。そして、僕の初恋の人。

「疲れました」

「よくやったじゃない」

 要さんは、僕の頭をポンポンとたたいた。彼女の中ではまだ僕は子供……女の子なのだ。

「まだ、一勝しただけです」

「私はまだ一勝もしたことないもん。うらやましいなあ」

 僕は、なんと言っていいのかわからなかった。僕が彼女に唯一勝ること、それは将棋の強さだ。初めて会ったときから、僕の方が強かった。それが彼女の誇りに与える影響を、僕はわかっているつもりだ。けれども彼女は、いつも僕によくしてくれた。きっと僕のことを、妹のように思って。

 僕が両手を挙げると、要さんは小さくうなずいて、帯をほどいた。着付けはすべて彼女にしてもらっている。一枚一枚体を覆っていたものを剥ぎ取られていくとき、僕はできるだけ将棋ことを考える。

「桜ちゃん、やっぱりきれいだよね」

 突然言われたので、思わず要さんのことを見つめてしまった。大きくて少し茶色い瞳に、見とれてしまう。

「そ、そんなことないですよ」

「ううん、綺麗。和服も似合ってた。うん」

 その優しい瞳は、本音を語っていることを確信させた。僕は耳の裏あたりからこみあげてくる涙を必死で抑えつけた。

 将棋のない時間は、どうしても暗い思いが襲ってきてしまう。僕と二人きりで、平気でいられることを呪う。

 ぐるぐると思いが巡る。将棋よりも、難しいことだ。

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