11.浜辺にて

「本日はお忙しい中こちらまで来ていただき、大変ありがとうございます」

「アリスちゃん、そんな堅苦しい挨拶いらないよー」

「なんでこんな寒い中、浜辺でバーベキューなんだ? あんたまた体調崩したりしないだろうな?」

 あの日、山で倒れた少女に慌てて救急車を手配したものの、すぐに意識を取り戻した少女は「休んでいれば治りますから」と救急車が来る前に自ら断わりの電話を入れた。

 治るにしても心配だったので、ヒロシが少女を背負って車まで戻り、安全第一な朔哉の静かな運転で、少女の最寄り駅まで送り届けた。

 車に乗ってからもぐったりした様子だったが、最寄り駅に着く頃には少女の体調は回復し、しかし申し訳なさそうに言った。

「残念ですが、今日はこれでおいとまします。後日あらためてお目にかかりたいです」

 それであの日から1週間後、またヒロシと朔哉と少女の3人で集まることとなったのだ。

 それがなぜか初冬の海辺でバーベキューという、なんとも奇妙なお誘いだったのだが、朔哉とヒロシは受けた。

「今日は準備も抜かりありません。おそらく立ち歩かなければ体調も大丈夫だと思います」

 不合理なことに、冷たい風が吹きぬける浜辺に置かれた椅子の後ろに、いくつもの七輪が用意されていた。

 顔や手先は潮風に吹かれているが、背中から暖められているし、前にある焼き網からも熱を感じるので、寒くはない。

「よーし。俺がばんばん焼いていくから、アリスちゃんも朔哉も座ってていいよー」

「俺はそこまで弱くない。それより、この焼き器だ」

 朔哉は目の前にある調理器から目が離せなかった。

 一般的なバーベキューの焼き網セットではない。

 通常の網のように上にも食材を置けるだろうが、熱源が二段あり、上下の間にも置いて焼けるようになっている。

「朔哉さん、お気づきになられたのですね」

「見たことない形だけど、外国の?」

「SOUVENIRで使われている焼き器だ。これで狩った獲物の肉を焼く。実際は、狩りの直前に食べて付加魔法をつけてから狩りに行くんだが」

「へー」

「今回ご厚意で調理器を貸していただき、『竜肉』『獅子肉』『蛇肉』『夢肉』も一緒にいただきました。お手数をおかけしますが、借りる条件が、SOUVENIRをご存じの方、知らない方に、焼き加減や味の感想をおうかがいすることでしたので、ぜひ感想をお聞かせください」

「シシってイノシシ肉? 蛇はともかく、竜や夢肉ってなんの肉?」

 少女の横に大きなクーラーボックスが鎮座しているが、いったい中にはどんな肉が入っているのか。

 顔を引きつらせるヒロシに、少女はにっこりと笑う。

「ご安心ください。すべて食べられる肉で作られています」

「うん。まぁ、食べるんだけどね。はぁ。まさかバーベキューで闇鍋みたいな気分を味わえるとは思わなかったよ」

 ヒロシと朔哉がクーラーボックスを開くと、いかにもバーベキュー用の串にさした野菜と肉とは別に、2本の串に刺さった平たい肉や、骨付き肉、なにかの葉に包まれた大きな塊があった。

「おお!これぞまさに『竜肉』!」

 朔哉が嬉しそうに一番大きな塊を取り出した。

「え、そこテンション上がるとこ?」

「『竜肉』は中段に入れて焼いてみてください。下味をつけてから全面を焼き、アルミホイルを巻いてじっくり中段で焼けば良い感じに焼けるそうです」

「楽しみだ」

 朔哉はさっそくクーラーボックス横に用意されていたテーブルにアルミホイルを広げ、下味をつけると塊肉を焼き始めた。

「『竜肉』は時間がかかりますので、それまでは『獅子肉』や『蛇肉』をどうぞ。『夢肉』は少し癖があります」

「よし。どんどん焼こう」

 珍しくテンションマックスな朔哉が率先して串を並べていくので、ヒロシは焼き手を朔哉に任せることにして、少女の隣に座った。

 置いたそばから、美味しそうな匂いがしてくる。

 ああ、この匂いは豚肉と鶏肉だ。良かった普通の食材で、とヒロシはほっとした。

「ヒロシさんはお肉、苦手でしたか?」

「そんなことないよ」

「こちらにはスープもご用意しました。良かったら飲んでくださいね」

「まさかそれも」

「はい。SOUVENIRで作られている現地のスープをイメージしています」

「ちなみに現地のスープはその土地での加護が得られる。海辺なら耐水性や、対水生物だ」

 保温ポットからこれまた用意されていた人数分のカップに入れてみると、具だくさんのクラムチャウダーだった。

「海の近くではやはり海の物をと」

 ヒロシは素早く鼻を動かした。うん、普通そうだ。

「前回は本当にお世話になりましたので、ぜひ楽しんでくださいね。そうだ。こちらを上からお召しになってください」

「エプロン?」

「はい」

「へー。至れり尽くせりだね」

 ヒロシは単純に服を汚さないためかと思ったのだが、朔哉が目を見開いた。

「それは調理人のエプロン!」

「はい。朔哉さんもぜひどうぞ」

「ありがたく着させていただこう!」

「アリスちゃん、これって?」

「SOUVENIRで調理人が調理する時に身に着けるものだそうです」

「アリスちゃんも着けた方がいいんじゃない? その服汚れたら困るでしょ?」

 本日の少女はセーラーカラーのあたたかそうな長袖のワンピースにカラータイツを合わせている。その上にPコートなので、どこかの制服のようにも見える。

「そうですね」

 少女用に小さめサイズもあったようで、3人でおそろいのエプロンをつけることになった。

 しっかりとした黄みがかったベージュの生地で、形は無骨だが、ぐるりと青い糸で刺繍が施されている。

 刺繍はSOUVENIRの文字で、食への感謝と探求を宣言し、毒から身を守る呪文が縫い取られているらしい。

「最初の肉が焼けたぞ」

 朔哉がそれぞれのお皿に一本ずつ置いていく。

「んじゃ、まぁ」

「いただきます!」

 クラムチャウダーで乾杯してから3人は串肉を食べ始めた。

「あふっ、おいひぃ」

「美味しいですね」

「おいしいが、これはなんだ? いのししじゃないだろ?」

「『獅子肉』をイメージして作られた豚肉の串です。SOUVENIRでの獅子は、体の大きさの割にかなりの運動量をこなす魔物だそうで、普通の豚肉よりもしっかりした肉質の放牧豚が使われています」

「なるほど。確かにイメージに合うな」

 話しながらも、朔哉の焼く手は止まらず、焼き上がったものをそれぞれのお皿に入れるのも忘れない。

 次は、甘辛い匂いが食欲をそそる平たくて2本の串が刺さった蒲焼き風な肉だった。

「あ、これいいね。好きな味だ」

「これも蛇じゃないな」

「はい。こちらの『蛇肉』は鶏肉のささみ部分です。『獅子肉』にしても『蛇肉』にしても本物のイノシシやヘビを使うことも考えたそうですが、やはりなじみのある肉の方が良いかという話になったそうです」

「雰囲気を楽しめたら十分。普通の食材で嬉しいよー」

「……」

 冒険はしたくないヒロシとは反対に、朔哉は不満そうだ。

 それでも口には合うようで、スープを飲みながら、もくもくと食べている。

「『夢肉』はラムチョップだな」

「わかりましたか! SOUVENIRでトリッキーな働きをする魔物ということで、癖のあるラムを使ったそうです」

「レアな魔物を食べていると思うと、癖も嬉しく感じるな」

「トリッキーって、その夢肉の魔物はどんなことすんの?」

「出現ポイントが決まってないから会えるだけでもレアなんだが、いきなり逃げ出したり、別の魔物の群れを呼んだりする。でも、経験値が高いんだ」

「あー。なるほど」

 ヒロシは銀色のぽよんとしたアレや、針を飛ばしてくる緑のアレや、這い寄るアレを思い出した。

 朔哉は口の中の物を飲み込むと、全面を焼いた『竜肉』をアルミホイルにあげ、きっちり包むと中段に入れた。

「なんでこんな手間かけてくれたの? 準備とか大変だったでしょ?」

「私一人ではなく、お手伝いしてもらいましたし、なにより、お二人に、少しでもお礼をしたかったんです。私一人では『紅葉の謎』を解けませんでしたから」

 少女の様子は今までになく晴れやかだ。

「そろそろ話してもらえるのか?」

「はい」

 上段の網の上で焼かれていたすべての肉をお皿にうつすと、朔哉も椅子に座った。

「私は、その……。なにからお話しすればいいのか……」

 言葉を探す少女に、ヒロシと朔哉は頷きあう。

「もうだいたいわかってるからさ。ざっくり言ってくれていいよ?」

「あんたは見舞客じゃなく、施設の入居者の一人だったんだろう?」

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