10.紅葉の謎
朔哉とヒロシが見守る中、少女が缶のプルトップを開けようとしているが、なかなか開かない。
「おい。なにを遊んでいるんだ?」
「アリスちゃん?」
「これ、どうすればいいんですか?」
「ここにひとさし指をかけて、そうそう。そのまま、こっち側に引っぱるんだよ」
「こうですか?」
乾いた音を立てて、ようやく缶が開いた。
少女が無造作に缶の中へと手を入れようとしたので、ヒロシは慌てて止める。
「待ってまって。フタが外れた缶のフチは切れやすいから、手を切らないよう気をつけて」
「わかりました」
注意深く取り出されたのは、緩衝材で包まれたなにかだった。
「開けますね」
少女が緩衝材をとめていたテープを外して包みをほどいていく。
「鍵?」
「鍵ですね」
「鍵だな」
そのままペンダントトップにしても良さそうなアンティークなデザインの、優美な鍵が出てきた。
これが『紅葉の謎』の解答?
3人ともが黙り込んだが、朔哉はすぐに否定していた。
(いや、違う)
だいたい、SOUVENIRでの『紅葉の謎』の位置にはなにもなかった。
この『鍵』も出てこなかった。
(あの時SOUVENIR社員はなんて言ってた?)
――ちゃんと解ける『謎』だよ。ただ、他の『謎』と同じようには解けないだろうね。アリスの協力がいるんだ。
アリスの協力。
現実で助けを求めてきた少女はまさしく『アリス』だろう。
でも、SOUVENIRを見たこともない少女は、SOUVENIR内にはいない。
ならば、『ちゃんと解ける謎』だと話した社員が言う『アリス』とは、NPCアリスのことだ。
当然のことだが、SOUVENIR内には他にもNPCが多くいる。
その中で、どうして『アリス』なのか。
精密に作り込まれたSOUVENIRには、NPCでも名前はもちろん顔も種族も体格も違っていて、同じNPCは2人といない。
『アリス』だけが各名所に同時に存在しているのに、名所『紅葉の地』にだけ『アリス』がいない。
(『アリス』の存在自体がヒントなんだ)
なぜ『アリス』なのか?
朔哉は『不思議の国のアリス』を思い出していた。
確か物語のアリスも、物語の中で鍵を見つけていた。
その鍵は、アリスが行きたかった場所を塞いでいた扉の鍵だったはずだ。
(扉があるのか?)
ここは山だ。扉があるような建物は……ひとつだけあるが、もしもこの鍵で山にある小屋の扉を開くことができても、朔哉には納得がいかない。
SOUVENIRの『紅葉の地』はただ美しい紅葉のある場所で、特別な建造物はないからだ。
今まで解いてきたSOUVENIRの謎は、簡単なものとはいえ、どれもフェアなものだった。
『紅葉の謎』も、同じように解けるはずなのだ。
『目と口を閉じて
N35E135』
『目と口を閉じ』るのだから、視覚や味覚や発声は考えなくていい。
『N35E135』が北緯35°東経135°だと言われているが、SOUVENIR内には緯度や経度は存在しない。アップデートでエリアの追加や削除が行われるからだ。
「鍵が出てきたってことは、どっかに宝箱でもあったりして」
「見てみたいです」
「なんかさー、意味深な地図とか鍵とか、歩かされるところなんか、ほんと昔のゲームっぽいよね」
『歩かされる』『昔のゲーム』
何気ないヒロシの言葉が朔哉の耳に飛び込んできた。
SOUVENIRでは試したことがあった。
『N35E135』が昔のゲームのように、『北(north)に35歩、東(east)に135歩』進めばいいのではないか、と。
でも、なにも起きなかった。
だからこの方法は違うのだと諦めていたのだけど、『アリス』なら違うのかもしれない。
なにしろ名所にいる『アリス』の体格は、どの『アリス』も同じなのだから。
モデルになっていると思われるこの少女と同じだとしたら……。
「歩けるか?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、言う通りに歩いてくれ」
朔哉はパッドで方角を確認する。
「北の方角に35歩、歩いてほしい。草が邪魔だろうから、俺たちが先に歩くけど、俺たちに合わせないで、自分の歩幅で歩いてくれ」
「はい!」
朔哉とヒロシの二人が草をかきわけ踏みしめながら進む後に、少女が数えながら歩く。
「次はどっちー?」
「東に135歩だ」
「りょーかい。んじゃ休憩してから進もっか」
35歩歩いた場所で息を切らした少女のために少し立ち止まってから、東に向きを変えて進む。
これが正解だというように、一度も木に遮られることはなかった。
「……135」
3人の目の前には一本の桜の木があった。
周囲も同じ桜ばかりなので、たまたま目の前に当たったとも考えられるが、息を整える少女を待つ間、朔哉とヒロシは木の根元に目的の物を見つけて頷き合う。
「ここで、正解、なんですか?」
「アリスちゃん、あそこをよーく見て」
ヒロシが指さす目の前の木の根元だけ落ち葉が盛り上がっている。
落ち葉の下に、土があるのか石があるのか、とにかくなにかあるようだ。
少女がかがんで落ち葉を払っていくと、いかにもな古ぼけた宝箱が現れた。
開こうと少女が蓋に手をかけるが、開かない。
はっとした様子で、少女はポケットから先程の優美な鍵を取り出す。
カチリ
少女の震える手で宝箱の蓋が開けられた。
中に入っていたのは、キラキラした宝物ではなく、ラミネートされたあたたかな紅葉色の色紙だった。
『おめでとう
ここまでたどりつけたのなら もう一人じゃないのでしょう
わたしたちは あなたの未来をずっと見守っています』
達筆な筆文字のまわりには、何人もの筆跡で寄せ書きが飾られていた。
のぞき込んだヒロシは、寄せ書きの中に祖父の名前を見つけた。
『私の孫には会えたか? きっと助けになるぞ』
朔哉は、朝倉夫人の名前を見つけた。
『ここは一年通して素晴らしい所なのよ。またいつでもいらっしゃいね』
どうやら、この寄せ書きは、施設にいた人たちから少女へのメッセージのようだ。
少女は寄せ書きを手にしてボロボロと涙を流し始めたが、その寄せ書きを落とした。
「アリスちゃん?」
「大丈夫か?」
慌ててヒロシと朔哉が支えたが、少女は意識を失っていた。
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