9.紅葉の地
朔哉は地図とGPSを頼りに一人黙々と歩いていた。
いくつかひらけた場所を通り抜けてきたが、どこも『紅葉の地』ではなかった。
あと少しで、少女が朝倉夫人から預かっていた地図に書き込まれていた手書きの線の最終地点のひらけた場所にたどり着く。
そこに行ったところで『紅葉の謎』が解けるのかはわからない。
それでも座ってなどいられなかった。
少女を休ませなくてはいけないのも、ゆっくり歩かなくてはならないのもわかっていたが、朔哉は一刻も早くそこに向かいたくてたまらなかった。
数メートル離れた場所の紅葉が光ったように見えた。
(なんだ?)
朔哉はさきほどよりも急ぎ足で光る方へと向かう。
そこはちょうど地図の終点だった。
太陽にかかっていた雲が切れて、どこかオレンジがかった、あたたかみのある光が降り注いでいる。
光を浴びた紅葉は、陽をすかしたステンドグラスか、自ら光を放つ宝石かのように輝いて見えた。
それこそSOUVENIRの『紅葉の地』の紅葉と同じように。
一足ごとに伸びて枯れかけた草と落ち葉をかき分けるので、朔哉の足元は絶えずガサガサ音がなっている。
周囲では無数の虫の声が何十奏で追いかけあっているが、集中している朔哉には雑音と認識されているので聞こえない。
そこに「ポン!」と電子音が鳴った。
朔哉が無意識に動かしていた足を止めてスマホを開くと、SOUVENIRアプリから通知がきていた。
【『紅葉の地』へ到達! ハンコが押されました!】
(ここが『紅葉の地』の聖地なのか? とにかくこの場所を登録しなくては)
朔哉は動かないまま、自分の現在地をパッドのマップに記録させる。
そしてようやく、ぐるりと周囲を見回した。
輝く葉が揺れる様は、まさにSOUVENIRと同じで美しい。
本当に現実の木なのかと、紅葉の近くに寄って触ってみたところ、いたって普通の木と葉だった。
透けて輝いているのは、太陽光との角度でそう見えるだけのようだ。
驚くことに、木々の配置やそれぞれの枝振りもSOUVENIRの『紅葉の地』と似ている。
まったく同じでないのは、おそらく木が成長したからで、『紅葉の地』ができた当初はそっくりだったのだろう。
ゲームそのままのきらめく葉に感動しながら歩いていると、何度も視点を変えながら『紅葉の地』を歩いていた記憶がよみがえってきた。
いつもは自分を斜め後ろから見下ろす俯瞰の視点ばかりだったが、『紅葉の地』では謎を解くヒントにならないかと、キャラクター視点になって観察していたのだ。
(『紅葉の謎』があるのはあのあたりだ)
朔哉はSOUVENIRの中に入り込んだ心持ちで、すっかり覚えてしまった『紅葉の謎』が明滅する位置へと向かって歩いて行く。
ザクザクガサリと音を立てていた足元が、急に静かに楽になった。
地面を踏む感触が変わったので朔哉が視線を下げると、『紅葉の謎』付近の範囲だけが丸く草が少なくなっていた。
コンクリートで埋められているわけではなく、生えている草の背が低い。
(ここだけ掘り返したのか? ということは、なにか埋まっている?)
今すぐ掘ってみたいが、まずは地点を登録してからだ。
パッドに記録させているとスマホが鳴った。
『サクー、どんな感じー?』
「『紅葉の地』を見つけた」
『は? マジで? ちょ、待っててよ。すぐに行くから、そのまま待ってて! なにもしちゃダメだからね!』
アリスちゃん、行こう! という声とともに、ヒロシからの通話は切れた。
(そうだった。ここにはリアルのヒントを持った少女がいる)
おそらく現実世界の『紅葉の謎』はあの少女の『謎』で、自分の解きたい『謎』じゃない。
素手で今にも掘りそうになっていた朔哉は、立ち上がるとスッと目を閉じた。
(俺が解くのは、SOUVENIRの『紅葉の謎』だ)
『目と口を閉じて』
視覚を閉ざすと、夏の刺すような日射しとは違って、服の上からでもじんわりあたためるような光を感じた。
耳を澄ますことで、ようやく会話をしているかのような虫の声も朔哉の耳に入るようになった。
優しい風が通り抜け、木の葉を揺らすのを感じて、ああ、これがBGMのさざ波の正体か、と思う。
目を閉じていても山の匂いがわかる。360°から優しい風とあたたかい光を感じる。
深呼吸して、ゆっくりと目を開けると、大きな音に震えるように、朔哉の足先から頭の先まで鳥肌が駆け抜けた。
「本物はこんなに圧倒的だったのか……」
「お待たせー」
どれくらいか立ち尽くしていた朔哉の元へ、ヒロシが少女を背負ってやってきた。
ピクニックセットは休憩した場所に置いてきたらしい。
「うわー、まさに『紅葉の地』だね」
「すごくきれいですね!」
透明感のある紅葉に、ヒロシも少女も感嘆の声を上げる。
「ここが『紅葉の謎』の場所だ。ここになにかあると思う」
朔哉が足元を示すと、ヒロシと少女は顔を見合わせて笑った。
「ほら、やっぱりスコップ持って来て正解だったでしょ?」
「ヒロシさん、すごいです」
「よく持って来たな」
「えー、だって、宝の地図とくればスコップでしょー」
「まあいい。道具があるなら掘ってくれ」
「私が掘ります!」
「はい。お願いしまーす」
ヒロシから片手サイズのスコップを受け取った少女は、ぎこちないながらも一所懸命掘り始めた。
朔哉が想像していたよりも土はやわらかかったようだが、少女には固いようだ。
それでも朔哉もヒロシもなにも言わず手も出さずに見守っていた。
「あ、なにか当たりました!」
「じゃあ、丁寧にまわりから掘って」
「どんなのかわかる?」
「ええっと、硬いけど軽いような?」
「なんだろ? 化石とか?」
やがて汚れた銀色とプルトップが見えてきた。どうやら缶のようだ。
「えー? ただのゴミー?」
「取り出せるか?」
「は、はい」
出てきたのは、閉じた缶ジュースの形をしていたがラベルなどはない。中身はわからないが、重さからして液体ではなさそうだ。
缶ジュースで見られるプルタブではなく、缶詰で使われるプルトップなので、缶ジュース型の入れ物なのだろう。
「缶に『Open me!』って書いてます」
「『私を開けてね』、か。本家通りの『
「さすがに口には入れたくないよね。アリスちゃん、どうする? 俺が開けようか?」
少女は横に首を振った。
「私が、開けたいです。いいですか?」
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