8.ランチタイム

「そうだな」

「アリスちゃん、ちょっと待っててね」

 ヒロシと朔哉が草を踏みしめて、ひらけているとはいえ雑草だらけの地をそこそこ平らにならしていく。

「もうちょっとだからねー」

 けっこうな広さをならし終わると、ヒロシのリュックから朔哉が大きなブルーシートを取り出し、一緒に広げた。

 その上に、朔哉のリュックからヒロシが取り出したクッション性の高い敷物を重ね、そこにバスケットを下ろす。

「アリスちゃん、お待たせー。靴を脱いで座ってー」

「靴はブルーシートの上に置くといい」

 そう言いながら、ヒロシと朔哉は自分たちの靴を脱いで敷物に上がった。

「あ、ありがとうございます」

 疲れた顔の少女はぎこちない動作で紐靴を脱ぐ。

 先に座っていた2人の位置を見て、3人でバスケットを囲むように少女は腰を下ろした。

 ヒロシは空を見上げた。雲が少しずつ切れてきて、ところどころ青空がのぞいている。

「あー、晴れて欲しいなぁ」

「寒いのか? ブランケットもあるぞ」

 朔哉は荷物から薄手だが保温に優れた布を3枚取り出して、少女とヒロシに渡す。

「あ、これ、CMのヤツ? 1回使ってみたかったんだー」

 受け取ってすぐさまヒロシがばさりとブランケットを肩からかぶる。

「うぉ。今は暑いな」

 正座するにはでこぼこした地面で、足をどうしようかと困っていた少女は、膝から下を隠せて、ほっとした表情になった。

「暖かいから持っていけって勝手に入れられてた。軽いからいいけど」

「サク、体力ないもんね」

「うるさい」

「ははっ。温かい物いれるねー」

 ヒロシはリュックから取り出した大きな魔法瓶で取っ手もついたアウトドアカップに温かいチャイを注ぎ、少女と朔哉に手渡す。

 3人はそれぞれ一息ついた。

「2人はここで食べててくれ。俺は先に進んで様子を見て戻ってくる」

「なに? 車酔い、まだ残ってんの?」

「それはもう大丈夫だ。先に気になることを済ませたい」

 もちろん朔哉は『謎』を解きたいのだろうけれども、少女をゆっくり休憩させたいこともヒロシはくみ取った。疲れた様子の少女に無駄足を踏ませないように、先に目的地の目星をつけたいのだろう。

 少女の息切れは治まったようだが、顔色がまだ青白いままだ。

「了解。おとなしく待ってるよ」

「朔哉さん、お先にいただきますね」

「ゆっくり食べてくれ。ヒロの好きな物も入れたと言ってた」

「マジで? うわー、アリスちゃん、早く食べよう」

「なんかあったら電話な」

「おっけー、りょーかい! いってらっしゃーい!」

「よろしくお願いいたします」

 朔哉は小さく頷くと、ざくざくと先程よりも早い速度で進んでいった。

「じゃ、アリスちゃんがバスケット開ける?」

「いいんですか?」

 少女はドキドキした様子でバスケットに手をかけた。

「わぁ!」

 さまざまな具で断面がカラフルなサンドイッチ、ミニトマトやうずらの卵とキュウリのピンチョスサラダ、皮ごと揚げた小ジャガイモ、チューリップにはいちいち細いリボンまでついている。

「かわいい」

 相好を崩す少女を見て、ヒロシもにっこりする。

「さ、手を拭いたら食べよう」

 ヒロシはバスケットの蓋の内側に挟んでいたお手拭きを抜き取って、少女に渡す。

「いっただっきまーす」

「いただきます」

「中身は早い者勝ちだからね。遠慮無く好きなものをとってよ。大丈夫。サクの嫌いなものは入ってないから、なにが残っててもサクは文句言わないよ」

 そう言うそばから、ヒロシはチューリップに手を伸ばす。

 ヒロシが初めてチューリップを見たのも朔哉のお弁当の中だった。なんて食べやすい肉なんだと感動したものだ。

「ヒロシさん、慣れているのですね」

「うん。俺がサクをドライブに誘ってた時も、毎回こんな風にお弁当を作ってくれてたからね」

「それで朔哉さんも慣れているのですね」

「そ。だいたいはベンチや岩とか座る場所があるんだけど、無いときもあるから、敷物の用意を忘れないようになったよ」

「車の中では食べないのですか?」

「大雨なら食べるかもだけど、まず大雨の時はドライブに誘わないし、食べ物の匂いが残ってるとサクが酔うから、外で食べる方がいいんだ」

「朔哉さんって繊細な方ですね」

「よくわかったね。あいつ、愛想ないからよく誤解されるんだけど、かなり繊細というか、敏感というか。見えてるものが違うんだろうなって思うよ」

「見えてるものが違う……」

「そ。あのね、俺はソフト会社で働いてて、社員はけっこう癖のあるヤツばっかいるのね。そいつらは、俺にはよくわからない感覚でプログラムを組むんだよ。発想が違うというか、常識が違うというか」

「すごい人たちなんですね」

「うん。サクも同じなんだよね。だから俺はなるべくわかりやすくしてる。ノイズにならない方がいいんだ。俺がわかりやすい方がみんなの仕事がはかどるってわかって、なんで俺がそっち側じゃ無いんだって思わないでもなかったけど、今はアシストする側もまあ気に入ってるよ」

「……」

「サクね、今はちょっと太ってるからわかりにくいけど、整った顔だと思わない? 小学生の頃はほっそりしたイケメンでお金持ちだから、マジで『王子様』って呼ばれてたんだよ。サクが「今日は空いてる」と言えば、あの大きな家の広い部屋にクラスメイトが集まって、みんなでゲームしてたんだ」

 その光景は少女にも想像できた。

「それがさ、病気した時の薬の副作用で、サク、すっごい太ったの。そしたらハブられるようになっちゃった。不思議だよね。ちょっと見た目が変わっただけで、中身はなんにも変わってないのにね。たぶんだけど、男子はみんなサクに嫉妬してたんだと思う。お金持ちでイケメンでエラそーで、なんだよコイツーみたいな。でも、部屋広いしゲームいっぱい持ってるから、誰もなにも言わなかった。それがさ、太って自分達よりカッコ悪くなって、でも、態度はイケメンの時と同じままだったから、納得いかなくなったんだろうね」

 サクの中身は変わらなかったけれど。

「誰もサクに『遊ぼう』って誘わなくなった。女子も陰口たたくようになって。あれは俺も怖かったなー。でもね、俺は嬉しかったんだよ」

「え?」

「だって、大勢いたらゲームの取り合いになるよね? 俺は小学生のころからそこそこでしかなかったからね。見かけも性能もそこそこで、サクんちに遊びに行ってもゲームの順番なんか滅多に回ってこなかった。それがサクと2人だと、交代でまわってくるようになった。しかも、前と変わらず遊びに行くだけで、美味しいおやつの差し入れまである。なんて天国だろうと思ったよ」

 少女には、同じ『天国』という言葉が、少し前に聞いた響きとは全然違って聞こえた。

「いい話じゃなくてガッカリした? でもさ、打算がない関係なんてないと思わない? 今回のことだって同じだよ。サクはもともと『紅葉の謎』を解きたかったみたいだから、アリスちゃんの願いはちょうど良かったっぽいよね? アリスちゃんとサクの願いは一致してる。俺はね、『謎』よりも、アリスちゃんのつながりに興味があるんだ」

「私のつながり、ですか?」

「そう。アシスト側の俺にとっては、人のつながりはすっごく大事なの。コネってマイナスイメージだけど、口コミと同じで捨てておけない。だって仕事してるのは人間だから。どうしたって好き嫌いの感情が入るんだよ。当たり前だよね。誰だって、自分に良くしてくれた人には報いたいし、嫌なことしてきた相手には優しくするのが難しくなる。ただの見舞客が簡単に朝倉夫人と仲良くなれるとは思えない。アリスちゃんはいったい何者なのかな? 俺自身の説明はしたよね? アリスちゃんも教えてくれる?」

 ヒロシはここに来る道中、いつも通りの軽いトークでなんとか少女から情報を引き出せないか頑張ったものの、どうやっても引き出せなかったので、やり方を変えたのだ。

 つまりぶっちゃけた。

(アリスちゃんは真面目っぽいからなー。こっちの方がいいんじゃん?)

「私、は……」

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