12.皆さんからのお願い
「どうしてわかったのですか?」
「俺は勝手に誤解してたけど、アリスちゃんは一言も、自分のことを『見舞客』だなんて言ってないもんね」
「『みんなとは離れてしまった』と言ってたな。それは施設にいた方々のことだったんだろう? 自分の親よりも年上だから『友達』とは言いづらかったし、ほとんどの方が亡くなってしまったから『離れてしまった』と表現した」
二人の根拠はそれだけではない。
朔哉もヒロシも、あの日、山から戻ってから、自分のわかる範囲で少女を調べていた。
それまでは、ヒロシは仕事に、朔哉は『紅葉の謎』を解くために忙しかったからそこまで気を回せなかっただけで、少女につながる手がかりはあったのだ。
ヒロシは山から戻ったその足で、死んだ祖父について話を聞こうと終末医療施設を訪れた。
ピクニック中にぶっちゃけても少女は口を割らなかったし、祖父が最期に過ごした場所を自分の目で見てみたくなったからだ。
朔哉は、SOUVENIR社員に、リアルの『紅葉の謎』を解いたと話したら、現朝倉社長から呼び出しを受けた。
あの山には朝倉夫妻が眠っている。春になったら、あらためて許可証を持って訪れて欲しいと言われた。
ヒロシと朔哉はそれぞれ、少女が終末医療施設の利用者の一人であり、十代で死ぬところだったが奇跡的に治ったことを聞いた。
病気は治ったものの体はまだ弱っているので、少しの運動にも耐えられない。
山に行ったのは、実はかなりの強行軍だったようだ。
どちらからも、できれば少女を見守って欲しいと頼まれていた。
「私は物心つく頃からずっと『もうすぐ死ぬ』んだと言われて生きてきました。でも、もうすぐ死ぬのなら生きている意味はあるの? どうしてしんどい思いをしてまで生きなくちゃいけないの? ってずっと思っていました。治療もやりつくして、病院にいられなくなって家に戻っても、馴染みのない家で私にできることなんてなんにもなくて。そんな私を両親は腫れ物に触るように扱いました。だから施設に入るのは嬉しかったんです」
終末医療施設は死を目前とした患者が穏やかな死を迎えるための場所だった。
入居者は死へのカウントダウンが始まっている人ばかりで、高齢者が多かった。
「施設の皆さんは、自分たちの楽しかったこと、面白かったこと、大事な思い出に残っていることをたくさんお話してくださいました。それが悲しいことであっても、どのお話もキラキラしていて、私にはそれで十分でした」
施設にいる間、何人かの方が亡くなりましたが、施設ではその方を悼んで皆さんとお話することもできました。
きっと自分はここで亡くなった方と同じように穏やかに死ぬんだ、私が死んだ後もこういう風に話してもらえるのなら『もうすぐ死ぬ』のもいいかもしれない、そう諦めがついたのに。
「いきなり『病気が治っている』と言われたんです。『数値が良くなっている。このまま良くなれば普通に生活できるでしょう』と。それを聞いたとき、私は倒れました。嬉しくてじゃありません。怖くて。普通の生活なんて今まで一度もしたことがない私には、『普通の生活』は恐怖でしかなかった。病気が治って施設から一人で放り出される。それが『一般的には良いこと』なのでしょうが、私は『捨てられるんだ』という気持ちになりました」
もう穏やかな心持ちではいられませんでした。
「泣き叫んだり、塞ぎ込んだりする私に、皆さんは『頼みたいことがある』と静かに話し始めました」
『わたしたちの代わりにやってほしいことがある』
お願いのひとつは、亡くなった方々それぞれの家にお参りに行くことでした。
「皆さんのご家族に挨拶に行く、その目的のために、皆さんからそれまでは聞いたことのない話を聞くようになりました。それまでの皆さんの話では、ご苦労があっても報われたり、困ったことがあっても助けてもらえたり、失恋の話ですら美しいものでした。それがご家族の話だからなのかわかりませんが、納得のいかない話が多くなりました」
ヒロシと朔哉はあぁと思い至った。それは『家族』にはおこりやすいが、『家族』に限った話じゃない。『いつでも誰にでもおこりうる話』だ、と。
おそらく、今まで少女は、家族や病院、施設で守られた存在だったのだ。
できる限りきれいで覚えていて良かったと思えることだけを、周囲は少女に見せてきたのだろう。
少女の希望をできる範囲で叶えて、かなえられないなら、きっと誠実に言葉を尽くして説明してきたのだろう。
でも、現実は違う。
理不尽なことなんてよくあることだし、納得のいかないことも幼い頃から日常的にある。
どれだけ辛くても時間は止まらず、容赦なく明日は来るし、新しい日が始まれば一日をこなさなくてはならないのだ。
(普通の子供なら十年くらいかけて自然に学ぶところを)
(アリスちゃんは一気に教えられたのかー)
「不思議だったのは、皆さんご家族への不満をおっしゃるのですが、誰一人として『家族に伝えて欲しい言葉』には不満を入れなかったことです。一番多かった言葉は『ありがとう』で、別れの言葉ですらありませんでした。そうして、皆さんのお話とご家族に伝える言葉を聞き終える頃、私が施設を出る日がきました」
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