5.もうひとつの手がかり

「サク? どうした? サク?」

 立ったまま動かなくなった朔哉にヒロシが何回か呼びかけるが、反応がない。

 朔哉の頭の中は目まぐるしく動いていた。

 家電メーカーASAKURAは、CMにSOUVENIRの画像を使っているメーカーだ。

 ASAKURAのメーカーロゴが前の社長の時にアルファベットのAと桜の花をうまくデザインしたものに変わった。

 その由来は前社長夫人の名前からだとどこかで読んだ。

 確かそこには、『家内と一緒に行った思い出の地を再現して欲しくてSOUVENIRに協力した』とも書かれていたはずだ。

(どこで読んだ?)

 本棚へ突進する朔哉を、ヒロシは面白そうに見ている。

「なんか見つけたんだな」

 平野もうんうんと頷いて、少女を安心させる。

 しばらくしてテーブルに戻ってきた朔哉の手には、一冊の経済誌があった。

「これ」

 テーブルに開かれて差し出されたページには、前ASAKURA社長のインタビュー記事が載っていた。

『SOUVENIRに家電ASAKURAも参入! 「家内との思い出を残したくて」』

 朔哉はインタビュー記事の一部分を指さした。

『私たちは旅行が趣味で、若い頃はよく二人で海外をまわりました。私はどこに行ってもつい仕事と結びつけていましたが、家内は美しい土地が好きで、いつも一緒に見ようと強引に誘うので困りました』

 ――それでも毎回ご一緒されていますよね?

『ええ。家内とまわるうちに、一緒に見た景色をよく覚えていることに気がついたのです。その時の風景だけではなく、風のやわらかさや日射しの強さ、匂いや考えていたことまではっきりと覚えている場所もあります』

 ――特に印象深かった場所を教えていただけますか?

 そこで挙げられていたのが、まさに今、SOUVENIRでまわった名所だった。

 その中のひとつは初期に消えたエリアのひとつだったが、もうひとつ、今SOUVENIR内で行かなかった場所が書かれていた。

『X県には思い入れがあって、山の一部分を購入させてもらいました』

「ってことは、『紅葉の地』は日本のX県かー」

(そうか。私有地なら関係者以外は入れない。今まで誰もたどり着くことができず、アプリも反応しなかったのにも頷ける)

 ただ、聖地がわかったのに『紅葉の謎』が解けない。

(『紅葉の謎』の答えは聖地名じゃない? まだなにかあるのか?)

 SOUVENIRの『紅葉の謎』には、他の『謎』とは違って、入力欄も選択肢もなかった。

 おそらく『紅葉の地』の特定の場所に行くか、特定の行動をとらないと解けたことにならないのだろう。

 だが、それがわからない。

 『紅葉の地』に幾度となく訪れ、あらゆることをしてきた朔哉でも解けなかったということは、当てずっぽうでは解けないということだ。

 聖地に行けばなにかわかるかもしれない。

 さいわいなことにX県は隣の県だ。

「ヒロ、次の休みにX県に行くぞ」

「は? マジ?」

「遅くとも来週だ」

「いやいやいやいや。今回の休みをとるのだって、俺けっこう無理したんだけど」

「時期がずれると『紅葉の謎』が解けなくなる可能性がある」

 紅葉はもう始まっている。

 まだX県の山のどこかまで詳しくはわからないが、山ならここよりも紅葉が早い。

 急がないと手がかりが消えてしまう可能性がある。

「もーわかったよ。アリスちゃんは来週も空いてるかな?」

「もちろんです。私がお願いしたことなので、予定があっても空けます!」

「可能なら、朝倉夫人と連絡をとって、私有地に入る許可をもらってほしい」

「あの、朝倉さんはもう……」

 言外で、朝倉夫人はすでに亡くなっていることが伝わってきた。

「すまない」

「いいえ。あ、朝倉さんからは『紅葉の謎』を解くのに困ったら使ってと、手紙を預かっています」

「それ、今持ってる?」

「はい」

 少女は鞄からしっかりとした白い封筒を取り出した。

 まだ開けられていなかった封を見て、朔哉がペーパーナイフを手渡すと、少女はぎこちない手つきで開封する。

 中から出てきたのは、地図のきれはしと、なにかの許可証だった。

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