6.しゅっぱーつ

「ヒロ、もうちょっと丁寧に運転できないのか」

「ごめん。酔った? 酔い止め飲む?」

「今から飲むんじゃ遅いだろ」

 朔哉の家に3人で集まった次の週、仕事を詰めにつめたヒロシがなんとか捻出した休みの日、約束通りヒロシ、朔哉、少女の3人はX県へとヒロシの運転する車で向かっていた。

「朔哉さん、大丈夫ですか?」

 助手席にいる少女が、後ろの席でぐったりする朔哉へと顔を向ける。

「あんたは大丈夫か?」

「はい。遊園地のアトラクションみたいなのかなと思いました」

「ちょっとー、俺の心配もしてよー」

「お前はもっと気をつかって運転しろ」

「えー?」

 運転好きのヒロシは山道に入るとテンションが上がる。

 それでなくてもきわどい運転に、朝から朔哉と少女の体は左右に振られっぱなしだ。

 覚えのある感覚に、そういえばヒロが免許とりたての頃やたらとドライブに連れて行かれたな、と朔哉は思い出した。ヒロシの運転に危機感を覚えて朔哉も免許をとったことでドライブ好きだと思われたのか、やたらめったら連れ出された。

 それまで車に酔ったこともなかったのに、コイツのせいで酔うようになったんだった、と余計なことまで思い出してしまった。

「ヒロシさん、お仕事大変ですのに、運転までお願いして、申し訳ありません。お疲れでは、ないですか?」

「ぜーんぜん。運転してる方が楽しいから。今まさにアドレナリンどばーっ! だからっ」

「はぁ。催促しといてそれか」

「えー? なにー?」

 会話の間にも車はきゅきゅきゅっと曲がり、朔哉と少女はぐいんぐいんと横に大きく振れている。

「サクー、このままナビに従ってていいんだよね?」

「ああ。ひとまず登録してある目的地まで行ってくれ。ナビに入れた目的地までは普通の道路なんだ。その先が私有地になっているから、ナビに道が表示されなかった」

 少女が預かっていた地図には、そこからの道を手書きで書き足されていた。

 朔哉は、周辺の地図から、X県にある目的の山を特定したのだった。

 これ、X県って絞り込めてたから良かったけど、県もわからなかったら、特定するのにもかなり時間がかかったぞ、と朔哉は思う。

 X県は隣の県とはいえ、地図で示されていた場所は反対側だったので、3人は朝早くに出発することになり、すでに車に乗ってから1時間は経っている。今は目的の山に入ったところだ。

 ナビの目的地である、問題の私有地の開始地点で車から降りて許可証を見せればいいのか、そこからも車に乗れるのか徒歩になるのか、わからない状態だ。

 無料航空写真で確認したところ、山に向かってもうしばらく道が続いていたけれども、途中で途切れていた。

 私有地前には看板に『この先私有地 通り抜けできません』と書かれているのがストリートビューで見えたのだが、私有地自体はストリートビューで見ることができないので、上空からの情報しかない。

 途中に小屋のような物があったので、そこで許可証を見せるのかもしれない。

 といっても、誰に見せるのか?

 もし許可証をチェックしているのなら、いつも誰かが小屋に常駐していることになる。

 なにもないような山に常駐?

 山には特に目立つような建物もなかったので、山に誰かが住んでいるとは思えない。

 写真で見る限り特別な山には見えないのに、なにがあるというのか。

「曇がはれませんね」

「雨が降らなきゃいいけど」

 残念ながら今日は朝から薄曇りで、雨具を用意しているが、山を歩くことを考えると、できれば降って欲しくない。

「今日はレインボーマウンテンの衣装なんだね」

 カラフルな色彩が民族風だがしっかりした生地で防寒に優れた衣装だ。さらに少女は山を歩くのに適した靴をはいている。

「はい。寒いですし、山ですからちょうどいいかなと思いました」

「いいね。それも似合ってるよ」

「ありがとうございます」

 ちなみにヒロシはざっくりとした山登りスタイル、朔哉は洗練された登山ウェアで、眼鏡はいつもの華奢なPC用ではなく、うっかり落としても大丈夫な丈夫なフレームの物だ。

 靴底が厚いと運転しづらいので、ヒロシは車の中に運転用の靴を常備している。

「お弁当はサクが用意してくれたから、お楽しみにー」

「なんでお前が言うんだよ」

「俺がサクん家の料理の大ファンだから。あのスライスジャガイモ揚げ、至高過ぎてヤバい」

 久しぶりの朔哉の外出を彩ろうと、朔哉家の料理人が気合いを入れて作ってくれたお弁当は、いかにもなバスケットに入って朔哉の隣に鎮座している。

「ふふっ。ピクニック楽しみです」

「あー、ほんと、晴れてほしいなぁ。あ、そろそろお店もなくなるから、トイレ休憩は次が最後だよー」


 3人を乗せた車は順調に進み、昼前には予定通り『この先私有地』の看板前に着いた。

「有刺鉄線で封鎖とか、そういうのはないんだね」

「ああ。道路自体はもう少し上まで続いているんだ」

 看板前で車を止め、降りて伸びをしているヒロシに、朔哉は自分のパッドで無料航空写真を呼び出し見せた。

「なるほどねー。んじゃ、行けるとこまで行ってみますか。ダメなら止められるだろうし」

「許可証を見えるようにしとけよ」

 少女から預かった許可証を、運転席の前、フロントガラスよりに外から見えるように置く。

「よーし、出発するよー」

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