3.アリスの衣装と名所巡り
「お邪魔いたします」
「おっじゃまっしまーす。あー、なんかけっこう久しぶりだけど、変わってないね」
朔哉の家にヒロシと少女が訪ねてこられたのは、ヒロシが仕事を前倒しして休みを捻出したからだ。ヒロシはかなり頑張ったがそれでもあれから2週間が経っていた。
最初はヒロシが「せっかくだしどこか外の店で会おうよ」と提案したのだが、朔哉が「ネットに繋がっていられないのは困る」と言い張ったので、朔哉の家に集まることとなった。
『アリス』という名前と、NPCアリスに似た服装だけで『謎』のヒントだと決めつけるのは性急過ぎる。人間のアリスからしっかり話を聞くまでは、『紅葉の地』でNPCアリスを待ち続けるのをやめるわけにはいかない、と朔哉は考えたからだ。
朔哉の家は裕福で、お手伝いさんがいるくらい家も大きい。
大きな洋風の屋敷なのだが、朔哉の両親はほとんど日本にいない。
噂では朔哉の母親がどこかの貴族に見初められて産まれたのが朔哉らしいが、本当のところはヒロシも知らない。朔哉の日本人離れした体格や、淡い色彩の瞳や髪、黄色人種ではない肌の色から実際そうなのかもしれないとは思うものの、ヒロシから朔哉に聞くことはないし、朔哉がその話をヒロシにすることも無かった。
広い玄関でヒロシと少女を出迎えた朔哉は、少女を見て眼鏡の奥の目を丸くしていた。
(まさにアリスだ……!)
今回少女が着てきた服は、前回着ていたというレトロなワンピースとは違っていた。
王子系というか少年系というか、サロペットにフリルシャツ、その上にマントとベレー帽で、古い異国の少年服という感じなのだが、前のワンピースと同じくどこか懐古的な雰囲気がある。
衣装のジャンルや違和感なく着こなしているのが問題なのではなく、SOUVENIRのNPCアリスが着ていた服と同じなのが問題だった。
「こっち」
「サクの部屋に入るのも何年ぶりだよなー。昔はよくゲームさせてもらったけど、今もあんの?」
「……」
「安定のスルーだよ」
ため息をつくヒロシと無言の朔哉とを少女が気遣わしげに首を巡らすので、ヒロシは「いつものことだから。気にしないで」と大げさに肩をすくめてみせた。
「サクが集中しているときは会話が成り立たないだけだから」
朔哉の頭の中では聞きたいことがむくむくと膨らんでいた。
(なにから聞けば効率よく聞けるか。服について? アリスについて? そもそもなんで『紅葉の謎』を解こうと思ったのか?)
長い廊下を歩き二階へと上がる。さらに歩いた突き当たりが朔哉の部屋だった。
無言で開かれたドアを、ヒロシは慣れた様子で、少女は「失礼します」と声をかけてくぐった。
来客があるということで、お手伝いさんが念入りに部屋を掃除したので広い空間には埃ひとつ落ちていない。
大きな窓からはレースのカーテンを通って明るい光がたくさん入っている。
中央には上品なテーブルセット、端にはPCが並ぶ机、壁には雑誌や本がギッシリ入った棚、別の壁には大きな薄型テレビが掛けてある。
PCの前には男が一人座ってモニターを見ているが、こちらを気にするそぶりもないし、朔哉も紹介する様子さえない。
「座ってて」
ヒロシと少女をテーブルに残し、朔哉は本棚の方に向かうと、なにやら書類を集め出した。
2人が椅子に落ち着くと、スーツを着た女性がワゴンからテーブルにお茶とお菓子を並べていく。
ジャムやナッツのワンポイントクッキーと薄くスライスされ揚げられたジャガイモが大皿に、小ぶりのケーキをそれぞれの小皿に乗せてくれる。
一口サイズのケーキはチョコ、抹茶、マロンの3種類で、いちいちデコレーションも凝っている。
少女の好みがわかっていればもっと考えられたのに、と料理長が残念がっていたので、給仕担当のスーツを着た女性は少しでも情報を持って帰りたくて少女に向かって口を開いた。
「アレルギーや苦手な品などはございませんか?」
「ご親切にありがとうございます。大丈夫です。どれも可愛いですね」
「恐縮です。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
スーツを着た女性はお茶も淹れ終わったが朔哉から特に指示がないので、部屋の隅で待機することにした。
ここからなら少女がどれから食べるか確認できるし、いつでもお茶をサーブできる。
「サクー、先に食べるよー? いただきまーす」
返事も待たずに、ヒロシはプチケーキをフォークで突き刺すと、どれも一口で食べていく。
そして空いた小皿に、大皿いっぱいに入っていたスライスジャガイモをざらざらと移し入れた。
「あー、これこれ。ほんとうまいっ」
この男は遠慮がないし、色々出しても今までで一番好評だったのはスライスジャガイモ揚げだった、とスーツを着た女性はヒロシから視線を外す。
「……いただきます」
少女は美しい仕草で紅茶のカップを持った。
ほぅと香りを楽しんで、じっくり味わって飲んでくれているのがわかる。
次にカトラリーを手にした。プチケーキを食べるようだ。さて、どれから食べてくれるのか……。
「後はいい」
「っかしこまりました」
いいところで、スーツを着た女性は朔哉から退室するように言われてしまった。
残念だけど仕方が無い。
「失礼いたします」
扉前で頭を下げる先に、書類を手にした朔哉が見えた。
(朔哉様、お仕事の話をするにしても、まずはお客様と一緒にお茶を飲んでからにしてくださいませ!)
スーツを着た女性の心の叫びが聞こえるわけもなく、朔哉はヒロシに紙束を渡す。
「これ」
「なになに?」
紙束には、黒髪ボブカットの少女がいろいろな服を着ているイラストが描かれていた。
SOUVENIRのNPCアリスが着ている衣装をイラストにしたものだ。
「へぇ。相変わらず絵うまいね。サクがデザインしたの?」
「そんなわけあるか」
「えー? あ、これって、前にアリスちゃん着てたのかも?」
ヒロシが一枚を少女に渡すと、少女は驚いた顔で見入った。
「そうですね。柄もそっくりです」
その間にも紙束をパラパラとめくっていたヒロシは、また一枚を抜いて少女に渡す。
「今日の服はこれかな?」
マントとベレー帽はもちろん、ブラウスのデザインといい、サロペットの色や丈も同じだ。
「はい。そうだと思います」
「アリスちゃんの着てる服って、ブランドもの?」
「いえ、あの、手作りなんです」
「へぇ。コスプレとは思わなかった。すごく良くできてるね。市販品みたいだよ。アリスちゃんが作ってるの?」
「いいえ。施設で仲良くなった方が、元は子供服を作る方で、その方が善意で作ってくださいました」
「この中に他にもらった服があるか?」
朔哉がヒロシの持っていた紙束を取り上げ少女に押しつけた。
「え、まだあるの?」
「はい。いただいた服はあと3着あります」
少女は一枚ずつ丁寧にイラストを見ていき、中から3枚を抜いた。
「こちらが同じものです」
3枚とも、ワンピースやサロペットと同じ、懐古的な雰囲気のものだった。
「他は知らない?」
「はい」
「ここにない服も、もらってない?」
「はい」
紙束に残った衣装は、名所のゆるキャラの着ぐるみだったり、名所の特産物をイメージしたものだったり、普段着のようなものは少なく、イベント的な衣装が多かった。
少女が選んだ懐古的な衣装は観光客目当ての名所のものではない。
観光客目当てではない名所は他にもあるが、今回少女が選ばなかったNPCアリスの衣装の中に懐古的な衣装はひとつも残っていなかった。
ここまでで朔哉は『観光客目当ての名所ではない特定の名所』と絞り込んだ。
「あんた自身はSOUVENIRをしたことがないみたいだけど、なんで『紅葉の謎』を解きたいんだ? 解くだけなら他にも『謎』があるだろう?」
唯一解けていない『紅葉の謎』を解きたいとヒロシから聞いたとき、その少女は名声でも欲しいのかと朔哉は思ったが、NPCアリスのイラストを初めて見たような反応から、この少女はSOUVENIRをしたことがないのだとわかった。
ならばなぜ、やったこともないゲームの謎を解きたいのか。
「……約束したからです」
「約束? 誰と?」
「施設の方々とです」
朔哉の視線を受けてヒロシが説明する。
「俺のじぃちゃんが入ってた終末医療施設だよ。じぃちゃんはそこで死んだんだ。俺は行ったこと無いけど、アリスちゃんの話を聞いてると、そこのみんなは仲良く過ごしてると思う。意地悪でそんな難問をおしつけられたわけじゃなさそうだよ」
この二週間の間に、ヒロシも職場で同僚に聞き込みをしていた。SOUVENIRプレイヤーは多くて、「『紅葉の謎』はいまだ解けていない謎だ」と誰もが知っていた。
「平野」
「はい」
PCの前にずっと座っていた男が、朔哉に呼ばれて開いたままのノートPCごとテーブルにやってきた。
「どうぞ」
モニターには、朔哉は見慣れた、ヒロシと少女は初めて見る『紅葉の地』が映っていた。
平野は、朔哉が何日目かの徹夜で倒れた時から『紅葉の地』を監視する要員として働いている。
「きれいですね」
「すごい紅葉だなー。写真みたい」
「ここに見覚えは?」
「ありません」
「これSOUVENIRだろ? ここもどっかの名所?」
「まだどこかわかっていない」
1着ならまだしも、複数の服を所有していることから、朔哉はこの少女がSOUVENIR社員が話していた『アリス』に違いないと確信した。
でも、『謎』を解くにはまだ足りない。
『アリス』はまだヒントを持っているはずだ。
「平野」
「はい」
テーブルの横で待機していた平野は、壁際からもう一台ノートPCを持って戻ってきた。
こちらのノートPCもすでにSOUVENIRにインしている状態だ。朔哉はレトロなワンピースが描かれた紙を平野に渡した。平野はすぐにキャラクターをどこかへと移動させると、モニターをヒロシと少女に向けた。
「あ、あのワンピースだ」
「イラストそっくりですね!」
確かに衣装のイラストはこのNPCアリスを見て描いたものだが、むしろ、NPCアリスが目の前の少女に似ている、と朔哉は思う。
「ここも名所なんだ?」
「そう。NPCアリスは名所案内役としてSOUVENIRに何人もいる」
「さっきのイラストはそのアリスたちの衣装だったのかー」
「ここに見覚えは?」
「……ありません」
朔哉は平野にマントとベレー帽の衣装の紙を渡すと、平野はすぐにキャラを移動させた。
次に訪れたのは、今日少女が着てきた服のNPCアリスがいる名所だった。
「ここは知ってる?」
「知りません」
少女が持っているという服を着たNPCアリスがいる名所をすべて少女に見てもらったが、少女はどの場所にも見覚えがないと答えた。
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