2.SOUVENIRの『謎』
SOUVENIRにある『謎』自体はすぐに見つけることができる。
画面上で一定間隔の明滅を繰り返す光が『謎』だ。
朔哉はモニター上の美しい紅葉に彩られた地で明滅する光に、自分のキャラクターである大柄な戦士を動かし触れた。【紅葉の謎】と出てくる。
【挑戦しますか? YES NO】
ここまでは他の『謎』と同じだ。
観光客目的の名所にある『謎』はトリビアクイズになっている。
問題に対して二択か三択で表示される答えのいずれかを選択、正解すれば次の問題に進める。不正解ならその場で終わるが何回でも挑戦できる。
全問続けて正解すると『その地域名マスター』という称号がもらえ、称号を得たプレイヤーには二度と同じ『謎』は光らない。
称号を得たところでゲーム上のステータスは一切変わらない。
ただ、聖地でその地域の名を冠した称号を見せると、記念品がもらえたり優遇されたりする
SOUVENIR自体はPC用だが、携帯端末用SOUVENIRアプリと連動させることで、一度でも挑戦した『謎』の全文が読め、アプリ上でも挑戦できる。クリアした『謎』は解答も見ることができ、名所を聖地巡礼することでアプリ上のハンコを集めることもできる。SOUVENIRでの自分のキャラクターのステータスを携帯端末で見ることもできる。
使用中の自分のキャラクターも携帯端末に表示でき、リアルで出会ったプレイヤーとSOUVENIR内で再会する場合に役立つので、プレイヤーの多くがアプリも愛用している。
広い庭園や大きな城といった名所では、パズル要素やアクション要素の『謎』になる。
名所を模した迷路が現れ一定時間内に抜けるものであったり、建物内から外に出るために名所で有名な物を使った仕掛けを解くものだったり、上下もしくは左右に自動でスクロールしていく間にゴールまでミスしないでたどり着くものであったり。
これも正解にたどり着けば名所名を冠した称号がもらえる。
最初はトリビアクイズと同じで一度クリアすれば二度と光らなかったが、もう一度したいという希望者の声が多く、今では何度でも挑戦できるようになっている。
ここでもらえる称号は『地域名マスター』ではなくて、『名所名と自己ベストクリアタイム』だ。
そして、先のふたつのようなゲーム要素がまったくない、暗号好きを狙ったのか、開発スタッフの趣味なのか、ただのおまけ要素なのか、解くことが目的の『謎』がある。
それでも『たぬき』が有名な名所で『「た」の文字を抜いて読めば意味のある文章になる』といったもので、その場合、名所や国名、名所の特産物などがヒントになっている。
もしくは『あ5 は1 よ5 あ3』『15 61 85 13』『かひらえ』『ら くち んら な』などで『おはよう』といった、少し考えたらわかるもの。
もう少し凝った『謎』には、ヒントとして同じ法則での問題と解答が見本につけられている。
そうして出てくる言葉は名所名ズバリだったり、名所にちなんだものだったりで、どの『謎』も朔哉は今までなんとなく解けてきた。
朔哉は【紅葉の謎 挑戦しますか? YES NO】のYESを選択する。
【目と口を閉じて
N35E135】
二択三択の選択肢も、解答を入力する入力欄も表示されない。
しばらくすると『紅葉の謎』のウィンドウ表示自体が消え、フィールドには自分のキャラクターと明滅する光だけが残る。
これが『紅葉の謎』だった。
『目と口を閉じて』の意味はわからないけれども、『N35E135』ということから、北緯35°東経135°、おそらく日本を指しているのだろうと言われている。
日本のどこかなのかもしれないが、紅葉の名所はまだ具体的な聖地がわかっていない。
『謎』に聖地のヒントが含まれているはずなのに、謎の意味さえわからないので、聖地を特定できないのだ。
国内にどれだけの紅葉の名所があるというのか。
SOUVENIRアプリがあるから聖地に行き当たればハンコが押されるだろうと、闇雲に名のある紅葉の名所を訪れるプレイヤーグループもいるが、今のところ成果は上がっていないようだ。
朔哉は目を閉じる。
『目と口を閉じて』を素直に解釈するのなら、『耳をすませろ』ということになるからだ。
聞こえるのは耳慣れた『紅葉の地』の曲。時折ざぁっとさざなみのような音が交じるのが心地いいが、特に変化はない。
朔哉は目を開けて、カメラ視点や角度を変えてぐるぐると周囲を見回す。
美しく輝く紅葉がゆれ、足下も同じ暖色でうめつくされている。
特別象徴的な建造物のない『紅葉の地』。
聖地さえわかれば、聖地がヒントになって解けるかもしれないのに。
(いったいここはどこなんだ?)
SOUVENIRで名所を巡るようになった朔哉は、国内海外の旅行誌や写真集にも目を通すようになった。
それでわかったのは、これまでの名所はなんちゃって名所にしても、わかりやすいものだったということだった。
旅行誌の小さな写真と見比べても予想できるくらい、ゲーム内のフィールドは似せて作り込まれている。
『紅葉の謎』だけが異質なのだ。
明らかに
でも、そんなことはないはずなのだ。
『紅葉の謎』の後にだって『謎』はどんどん追加され、追加されるそばから解き明かされている。
大規模アップデートだって何回もあった。
それでも修正されなかったということは、誰もが解ける『謎』のはずなのだ。
(なにか、なにか見落としているヒントがあるはずだ)
朔哉は『紅葉の謎』を解くために、SOUVENIR内の『謎』をすべて一覧にまとめていた。
せっかくまとめたのでと、ネット上に、謎のあるエリア名、謎名、その謎のヒント、解答を、それぞれワンクリックする手間をかければ誰でも見ることができるようにしている。
さらに横には名所の聖地と、聖地近くにあるおすすめホテルも紹介していた。
朔哉一人の力ではなく、無数のありがたい書き込みの力が大きい。
無数の書き込みをまとめて、SOUVENIR社員と旅行会社に確認して載せるのが朔哉の仕事だった。
朔哉の丁寧なまとめ方をSOUVENIRと旅行会社が目にとめて、謎解きまとめサイトのスポンサーになってくれたので、朔哉はSOUVENIRの準社員のような存在になっていた。
『紅葉の謎』のあまりの解けなさ具合に、朔哉が運営している謎攻略サイトへの書き込みが増えたので、やりとりをしているSOUVENIR社員にたずねたことがある。
「『紅葉の謎』はバグ(プログラム上のあやまり)じゃないですよね?」
「もちろん。ちゃんと解ける『謎』だよ。ただ、他の『謎』と同じようには解けないだろうね。アリスの協力がいるんだ。悪いけど、これ以上は話せない。頑張ってね」
アリス? そういえばそんな名前のNPC(コンピューターが制御しているキャラクター)がいたな、と朔哉は思い出した。あちこちの名所にいるゲーム上の女の子だ。
【最近になってメロン味が増えたんですよ!】
【ここからの眺めが最高なんです!】
といった感じで、最新トリビアを教えてくれたり、名所のベストビューポイントをアドバイスしてくれたりするキャラクターだ。
名所に同時に存在しているアリスは、服装こそ違うけれども同じ名前で同じ顔、同じ黒髪おかっぱキャラなので、ただの名所案内役なのだろうと、気にもとめていなかった。
このアリスというキャラは、朔哉がゲームとしてSOUVENIRを楽しんでいる時はまだおらず、名所巡りをするようになってからしばらく後のアップデートで追加されたはずだ。
名所に今までいなかったNPCがいて驚いたのを、よく覚えている。
でも、『紅葉の地』にアリスはいない。
(もしかしたら出会っていないだけなのか? 他の名所ではNPCらしく常時い続けているけれども、紅葉の地ではアリスが出現する時間が決まっているのか?)
そう考えた朔哉は、二十四時間『紅葉の地』にへばりつくことになったが、一日中いても出てこなかった。
(ゲーム内時間じゃないなら現実の日付か?)
そう思いついてからは、朔哉はひたすら『紅葉の地』で待機していた。
ようやくリアルで紅葉の季節になったのだ。そろそろアリスが現れるかもしれない。
電話がかかってきたのはそんな時だった。
「……なに?」
『おいおい。相変わらず愛想ないなー。元気?』
「ヒロ、用件」
『お前……。まぁいいや。サクってMMORPGにめちゃ詳しかったよな? SOUVENIRも知ってる?』
「もちろん」
知ってるどころか絶賛稼働中だ。
『じゃあさ、「こうようの謎」って知ってる?』
「なんで?」
『あー、なんかさー、女の子に聞かれたの。「こうようの謎」を知ってる人を紹介して欲しいって』
「誰?」
『詳しくは知らないんだけど、じぃちゃんつながり。中学生かな? アリスちゃん。あ、あれは名前じゃないんだっけ?』
「アリス? 黒髪でおかっぱの?」
『ボブカットだよ。レトロなワンピース着てリボンカチューシャつけてた。なに? 知り合い?』
「アリスはなんて言ってた?」
『ちょ、スルー?』
「なんて?」
『もー。たしか最初はSOUVENIRを知ってるか聞かれて、知ってるって答えたら「こうようの謎は解かれましたか?」って言われた。俺が知らないっつったらガッカリしたから、知ってる人を紹介しようかって話になったんだよ』
「いつ会う?」
『あ、会ってくれるんだ。良かったー。なんかアリスちゃん、すっごい真剣そうだったからさー。なに? ナゾトキ流行ってんの?』
「日にち決まったら連絡して」
『ちょ、待』
朔哉はスマートフォンの電源を落とした。
(急いで各名所のアリスに会いに行かなくては。『レトロなワンピースを着てリボンカチューシャをつけ』たアリスはどの名所だった?)
朔哉は二台目のPCを立ち上げると、SOUVENIRに別キャラでログインした。
そうして、今いる全NPCアリスのセリフと衣装を名所名と一緒に書き出していった。
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