1.朔哉とSOUVENIR
カチ、カチカチカチ、と時折マウスをクリックする音だけが、物にあふれた部屋に響く。
部屋の電灯は消されていて、PCモニターからあふれる明かりが手元と男の色白でふくよかな顔をうっすら照らしている。男がかけているのは一般的なPC用眼鏡なのだが、大柄な男にかかると小さく見える。男はモニターの向こう側にうっとりと見入っていた。
(なんてきれいなんだ……!)
半透明に輝く色づいた木の葉がゆれる様子は、まるで動く絵画のようで、いつまで見ていても飽きない。
SOUVENIRの画面が現実と見まがうなんて言われているけれども、
(こんな景色はSOUVENIRにしかない)
朔哉がSOUVENIRを知ったのは、たまたまだった。
引きこもり生活の暇つぶしにMMORPGを途切れることなくプレイしてきた。
どれも面白かったけれど、どれも同じだった。
パーティを組んだり、ギルドに入会したりせず、ひたすらソロで動く朔哉は、どうしたって途中で詰んだ。
レベルを上げていくと、MMORPGの醍醐味である仲間と一緒でないとクリアできない強制イベントが出てくるからだ。ものによったら最初のイベントから仲間ありきのものさえあって、プレイ時間よりもダウンロード時間やキャラ作成の方が長いこともざらだった。
だから朔哉は、詰んだら別のゲームに乗りかえるということを繰り返してきた。
これも同じだろうなと期待しないで開始したSOUVENIRは、謎解き要素が珍しくて続けていた。
意外なことに、アップデートで高レベルエリアが追加されても、謎のある名所には魔物が出現しないので、低レベルでも気軽に入れる。
しかも魔物が
戦闘でしか手に入らない魔物の皮やら角やらは冒険者プレイヤーが店売りしたものを買うことができるので、生産職はその気になれば一切戦わなくてもいいのだ。
そんなわけでSOUVENIRのプレイヤーは、魔物と戦いながらストーリーを進める普通にゲームとして楽しむ層、魔物と一切戦わず生産職だけを極める層、ストーリーも生産もそっちのけで謎解きだけを楽しむ層、ただただ名所を巡るだけの層、と別れていた。
最初は朔哉も普通にゲームとしてメインストーリーを進めていた。選択した国に所属して魔物と戦いながら欲しいものを生産してレベルを上げ、気が向けば謎も解くといった感じだ。
途中でいつものごとくソロの限界にぶつかったけれども、謎解きと名所巡りにはレベル上げも仲間もいらないことに気がついた。生産職はやはり高レベルイベントで脱落した。
それならと謎解きに力を入れて、ひたすら謎を解いてまわるようになった。
名所を巡るうちに名所の美しさにハマり、名所をスクリーンショットで撮影したい、ネット上にアップできなくとも手元に置いて眺めたいと思うようになったが、わりとグレーなゲーム画面のスクリーンショットが、SOUVENIRでは完全に禁止されているのを思い出した。
理由は明快で、SOUVENIRに現実の名所を使う条件として『プレイヤーはゲーム画面を持ち出さない』という契約が、名所を使ってもいいと許可してくれた国や地域と結ばれているからだ。
その内容はわかりやすい文面でゲーム開始前に表示されるし、ゲームにインする直前にも毎回【ゲーム画面を保存しません。YES NO】という確認が入る。YESをクリックしないとゲームできない。
ちなみにCMでゲーム画面が使われている時には、左下に『この画像は提供元から許可を得て使用しています』という注意書きが入っている。
それでも残念なことに、SOUVENIRオープン開始直後は何回か違反者が出た。
そのたびに名所ごとそのエリアがなくなった。
なくなったのが当時人気のあった海外の名所を使ったエリアだったこともあり、ちょっとしたニュースになった。
それからはSOUVENIRを楽しみたいプレイヤーが自ら、違反者が出ないようにとネットの見回りなどをするようになった。
SOUVENIRを愛するプレイヤーの努力もあって、最近は違反者も出なくなったし、うっかりアップしてあるのが見つかればすぐに回収、名所提供地域に謝罪させるところまで徹底している。おかげでエリアごと削除されることはない。
外からは行き過ぎだという声もないことはないが、プレイヤーからは当然だという声が多かった。「自分たちの大事な遊び場を勝手な考えで荒らされてはたまらない、守るのは当然だ」と。
そういう経緯があって、次に注目を浴びたのは各エリア名所の聖地(元になった地域)だった。
エリア追加と同時に大々的に聖地名も明かされるのは、観光客目当ての地域だ。
実際、SOUVENIRをきっかけに聖地巡礼するプレイヤーも多く、SOUVENIRの名所となった地域の観光客は増えている。
観光客の態度が悪ければSOUVENIRの名所がなくなる可能性があるので、聖地巡礼者のマナーも良く、聖地側にとっても喜ばれている。
実在の地域でなら写真はとり放題だし、自分も一緒にうつることもできる。
そういう地域での『謎』は、その地域でのトリビア的なもの(知っていても知らなくてもいい豆知識)なので、観光地にも詳しくなれてなんだかお得という感じだ。
それとは別に、聖地名が明かされず、こっそり追加されている名所もある。
角度的にここから見たら名所だけどこっちから見たら違うという、なんちゃって名所。
それはそれで、名所を楽しむプレイヤーにとっては宝探しのようで好評だった。
現存する名所は多くのプレイヤーによって発見され聖地も確認されている。
そんな中で、謎も聖地も解けていないのが『紅葉の謎』だった。
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