明日羽と若虎と時々オトン

「それじゃ、行ってきまぁす。トラくん、今日はあったかいけど二度寝しちゃダメだよ」


「大丈夫だって、あか姉ぇ。行ってらっしゃい。お仕事頑張ってね」


 毎朝そんな流れで出かける緋音あかねとそれを見送る若虎わかとらに、明日羽あすはは興味のままに尋ねた。


「ねえ先生。先生と緋音さんって、付き合ってるの?」


 迂闊にもおみそ汁を飲みながら応じた若虎は、その一言で激しくむせた。


「い、いきなり何言うんですか、明日羽さん!」


「うわ怪しい。だって、どう見ても特別な関係じゃない。緋音さんにだけ敬語出ないし。さっきなんて、そのまま自然な流れで行ってきますのちゅーでもしそうに見えたし」


「ちょ、ちょっと!」


 小さい子もいるのに……とさりげなく送った視線を、咲茉えまは敏感に察知した。


「あたしも、お母さんによくやってもらってたよっ。行ってきますのちゅー」


 無邪気に笑う咲茉を見て、若虎はひとり顔を赤らめた。


「そ、そうそう。僕とあか姉ぇもそんな感じですから。家族みたいなものです」


「じゃあ、せんせーもちゅーするの?」


「……しま、せん、けど」


 顔を真っ赤にした若虎をからかうのが面白いのか、明日羽は悪戯な笑みで攻め続ける。


「先生は緋音さんのことどう思ってんのよ? あんなに可愛くて、優しくて、美味しい朝ごはん作ってくれる人。男の人ならみんな好きになっちゃうんじゃないの」


「それは……と、とにかくそういうんじゃないですから!」


「つまんないわねー。緋音さんで不満なら、どんな人ならいいってのよ?」


「普段は勝ち気でツンツンしてるけど、本当は優しくて面倒見も良くて、隠してるけど寂しがり屋で甘えん坊で、少し背伸びしたい年頃の可愛い可愛い十四歳の美少女だろ」


 当然若虎の回答ではない。ぬっと出て早口で長文を宣ったのは院長こと明日羽の父だ。


「……そうですって答えたらどうなるんですか、それ」


「お前にはウチの娘は百年早い。百年後に出直してこい」


「いきなり出てきて何めちゃくちゃ言ってんのよ……イヤよ私、百年後まで独り身とか」


「ああもう、収拾がつかないのでこの話は終わりですッ! 本日の授業を始めますよ!」


 わざとらしく唇を尖らせる父と娘。去り際に、院長は思い立ったように耳打ちした。


「ところでよ、若先生」


「……何ですか?」


「結局のとこよ。アンタの初恋、緋音ちゃんだろ? バレバレだぜ」


「…………ッ」


 僕、この親子苦手だ! と若虎は朝からげんなりした。

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