【SS】落ちこぼれ天才竜医と白衣のヒナたち

林星悟/MF文庫J編集部

咲茉とたのしいスイミング講座

「うぅー、みぃー、だぁー!」


 ざっぱーん。シーズンに少し遅れた海水浴場に、咲茉えまの元気な叫びがこだまする。


「あまり遠くまで行っちゃダメですからね。海には危険がいっぱいあって……」


「まぁまぁトラくん~。いいじゃない、自由に楽しませてあげれば。お友達もついてることだし、わたしたちがしっかり見てれば心配ないよ~」


 心配する若虎わかとらをほんわかと緋音あかねが諭す。彼女の言う「お友達」とは、咲茉の傍らで楽しそうにキュイキュイと鳴いている水竜のことだ。どうやらこの海水浴場の近くに住んでいるらしく、今日は咲茉が彼(?)と遊びに海までやってきたのである。


「まあ、あの子といれば万が一のことがあっても平気だとは思うけど……」


「羨ましそうに見てないで、いっそあの子たちと一緒に泳いでハメ外しちゃったら?」


「い、いやほら。僕には監督責任があるし」


「……もう。たまには羽を伸ばしたって罰は当たらないのに~……あら? あの子……」


 ふと、緋音が何かを見つけ呟く。視線を追うと、波打ち際に一匹の海竜がいた。

 身体は大きいが、まだ子供のようだ。のそのそとヒレで砂を掻いて進み、おずおず水面を見つめ、寄せる波に驚いては後退を繰り返していた。その様子はまるで……、


「もしかして、水が怖いのかな?」


 いつの間にか戻ってきていた咲茉が、見たまま感じたままを口にした。


「でも、海竜ですよ? 海で暮らす種類の竜が、水を怖がるなんて……」


「関係ないよ! 高いところが苦手な鳥さんも、寒いのが苦手なシロクマさんもいるよ。竜だって同じだよっ。きっと溺れかけて水が怖くなっちゃったのかも」


「そ……う、ですね」


 先程、自分で「海には危険がいっぱい」と口にしたばかりだ。まして子供ならなおさら、そういうこともあるだろう。教え子に学ばされた気がして、身の引き締まる思いがした。


「でも、海の楽しさを知らなくちゃもったいないよね。あたし、ちょっとお話してくる!」


 そう言うと咲茉は海竜に近づき、身振り手振りで何かを伝え、目の前で水竜と一緒に泳いだり水を掛け合ったりと遊んでみせた。その様子があまりに楽しそうに見えたのか、海竜はぱしゃぱしゃとヒレで水を掻き始め……長い首を伸ばし、海水に顔をつけた。


「……やった!」


 跳び上がって喜ぶ咲茉を遠目に、小さくガッツポーズする。手を振る咲茉の横で、海竜が首を上げ、若虎と緋音に向かって盛大に海水を噴射した。……海竜種の愛情表現である。


「ぺ、ぺっ……もぉ、びしょ濡れ……あははっ、下に水着着てきてよかったよぉ」


「そうだ、ね……ふ、ふふ……あはは! もう一緒に泳いじゃおうか、あか姉ぇ」


「! ……ふふっ、うん。海には、楽しいことがいっぱいだもんね~」

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