第93話 神の塔へ

 司は円と共に、『神の塔』へとやって来ていた。

 扉が開くまで10分。


 バクバクいう心臓を押さえながら、司は何度も何度も深呼吸していた。

 円はそんな司の手を握り、感情の乏しい顔で見上げる。


「大丈夫。司なら大丈夫」

「だといいけどな……力を手に入れていきなり実戦というのは厳しいものがあるな。せめて簡単に倒せる雑魚辺りと戦いたかったけど、門番から相手にしないといけないからな……」


 円の優しさに応えられないほど不安になる司。

 戦えるだろうか? 勝てるだろうか? 生きて帰れるだろうか?

 刻一刻と近づく開幕の時間に、徐々に不安が募っていく。

 

 頭の中にやっぱり帰ろうかな。

 なんてことが過ったそんな時であった。


「……司くん?」

「あ……天野、だったよな」


 司と円の下へやって来たのは由乃であった。

 青い表情で近づいて来る由乃に、余裕の無い顔を向ける司。


「……あちらの司くんから話は伺っています。戦ってくれる気になったんですね」

「あ、ああ。逃げる気もあったりするけどな」

「……ありがとうございます」


 司の顔を見て苦しそうな顔をする由乃。

 自分の知っている司ではない。

 そしてあの人にはもう逢えない。

 その事実に胸が引き裂かれそうになる。


「……髪、切ったんですね」

「……ちょっと斬り過ぎたけどな」


 すごい短髪になっている司を見て、ほんのりと笑みをこぼす由乃。

 

「短い髪も、よく似合っています」

「ありがとう。でも、今はそんなこと言われて喜んでるほど余裕もないんだよ」

「……よく似合ってます」


 司の気持ちをほぐそうともう一度そう言い、笑みを向ける由乃。

 円はそんな由乃を見て、手を繋いでいた司の腕に手を回す。


「これは私の司。天野の司じゃないから」

「分かってます……分かってますよ」


 司は二人の会話に反応することなく、依然として爆発しそうな心臓を押さえ、時刻を確認する。


 後5分。

 本当に勝てるんだろうな……

 いや、勝てなきゃ困るんだけど。

 

「そろそろ戦いが始まりそうだ。円も天野の離れててくれ」

「分かった」

「健闘を祈ります」


 司から離れていく二人。

 司は深呼吸を繰り返しながら【通信】でもう一人の司に話かける。


「そろそろだ。これで死んだら本当に恨むからな」

(大丈夫。お前の力なら苦も無く倒せる相手だよ)


 昨日に自身の力を確認した司は、カードの整理としていらないものを排除し、その時に【通信】のカードをセットしてもらっていた。

 あちらの司から声をかけるより、こちらから声をかけれた方が便利だからである。

 その方が状況を報告できるし、分からないことがあればいつでも聞けるからだ。


「負けたら恨むからな!」

(分かった分かった。絶対大丈夫だから、安心しろ)

「安心なんてできるかよ……不安で一杯なんだ……って、時間だ」


 ゴゴゴッとゆっくり開き始める扉。

 司はこれまで以上に緊張し、あまりの心臓の音に、死んでしまうのではないのかとマイナス思考に囚われていく。


 それでも時間は待ってはくれない。

 扉が開き、門馬が顔を出した。


(ルーティーンは変わらないと思う。まず門番が出て来て、そらから化け物が雪崩れ込んで来るはずだ)

「二連続で戦うのかよ!? 嘘だろ、くそっ! デッキ・スタート!」


 司はとうとう覚悟を決め、【潜伏】を発動させて門番へと駆けて行く。


 もう一人の司の言った通り、門番はこちらに反応していない。

 見えていないんだ、俺の姿が。


 少しだけ安心した司は、全速力で相手の背後まで移動し、手に持った【鉄の剣】でその背中を切り裂いた。

 二つの切り傷が入り、あっけなくその場に沈む門番。


 はぁはぁ緊張に息を切らせる司は、呆然とそれを見下ろしていた。

 勝てる……本当にやれる。


(どうした?)

「も、門番を倒した」

(次、来るぞ!)


 ハッとする司は塔の方に視線を向ける。

 今にも雪崩出て来そうな化け物の姿がその瞳に映った。


 司は塔の入り口付近へと瞬間移動をする。

 これは【時空勇者】のスキルで、自身の視界に映る範囲になら瞬間移動できるというものであった。


 先日にスキルを確認した際に、能力を使えるのは確認済みである。

 そしてもう一つの【時空勇者】のスキルを発動する司。


「せ、【聖剣】!」


 突き出した剣から、まるでレーザーのような極太の光が放出される。

 塔の入り口よりも大きく、出て来ようとする化け物たち全てを飲み込む。


「この……出て来るなって!」


 全ての敵を押し込み、塔の中へと侵入する司。

 背中の扉を閉め、周囲を見たわす。

 地面には数えきれないほどの化け物の数。

 天からは信じられないほどの化け物の数。


 司は未だ緊張する手で剣を振るう。

 どこまでも伸びる【聖剣】の光は、そられの敵を次々と薙ぎ払っていく。


 戦いの最中に自身の圧倒的な力を高揚する司。


「勝てるんだ……この程度なら絶対に勝てる!」


 緊張は一瞬で吹き飛び、そのまま化け物を蹂躙していく司。

 化け物たちは司の前に為す術もなく、あっという間に全滅をしてしまう。


 ホッとし、天を見上げる司。

 まだここから進んで行かなければならないのか。

 だが今の司の不安は、先ほどと比べると微々たるものであった。

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