第88話 司と司の会話①

 勇太たちが戦っていたエリアマスター……

 キングヒュドラというモンスターだったようだが、俺が駆けつけた時には既に勇太たちは勝利を収めていた。


 九つの頭を持つキングヒュドラの姿はすでに大地へと帰った後であったのだ。


「あの化け物に勝ったのか?」

「おお、司。案外楽勝だったぜ」

「ですね。思ったよりは強くありませんでした」


 苦戦もしなかったようで、皆笑顔交じりでそんな風に語る。

 このエリアに来てからの経験値が高かったのか、相当レベルアップを果たしたのだろうか。

 とにかく勇太たちは問題なくエリアマスターに勝ててしまったのだ。


 俺としては嬉しい限りではあるし、こんなところで苦戦しているようでは魔王エールキング相手には歯が立たないであろう。

 そもそも魔王エールキングに勝てるような設定・・になっているのかどうかも怪しいところではあるが……

 ともあれ、今は勇太たちがエリアマスター相手に勝てたことを素直に喜ぶとしよう。


「これで残すは魔王エールキングだけか……」

「だな! でも俺たちだったら勝てるはずだぜ!」


 親指を立てて勇太は笑みを浮かべる。


「はい。私たちなら勝てるはずです。勝てなければ生きて帰れないのですから」

「絶対勝つ。勝って家に帰る。それから美味しいチョコレート食べる」

「円はチョコレート、本当に好きだよな」

「うん。好き」


 円は思い出したように《ホルダー》からチョコレートを取り出して食べ始める。

 

「おう! 今日はそろそろ休憩にするか!」

「そうだな。エリアマスターも倒したし、休憩と言うご褒美を自分たちに与えてもバチは当たらないよな」


 磯さんの言葉に勇太は【結界】のカードを取り出し、安全地帯を作成する。

 中に入り、【テント】のカードで5つテントを張る磯さん。

 ちなみにカードをチェンジさせるだけで準備も何もいらない、便利なカードである。


 中央辺りで【焚火】のカードを使用し、由乃が調理を開始した。

 手際よく作るその料理は、ハンバーグだ。


 ハンバーグを口に放り込むと肉汁がジュワッと広がり、骨の髄までうま味が染み渡っていくようだった。


「相変わらず美味いな。由乃の料理は」

「ありがとうございます。司くんにそう言ってもらえたら嬉しいです」


 一緒に出されている新鮮なサラダをシャキシャキ音を立てながら食べる。

 由乃の手料理を食べると、どうしても向こうの由乃のことを思い出してしまう。


 どうやってあちら側の世界を助ければいいんだ……

 そんなことを考え出すと、美味しいはずの料理の味が分からなくなっていく。


 少し心配そうに俺を見つめる由乃。

 俺は彼女に気を使わせないように、笑顔でハンバーグを平らげる。


 食事が終わり、焚火の前で雑談している勇太たち。

 俺は一人、テントへ足を踏み入れる。


「もう寝るのか?」

「ああ。まだおなかの調子が良くないんだよ」

「おう! 腹痛がが収まるまで寝てろや!」

「うん。ありがとう」


 テントに入り、《ホルダー》を開くと、辰巳を倒したことにより手に入れたカードが追加されていた。


 時空勇者:――


 【時空勇者】か……俺はこれを合成しようとタップするも、そこに『合成』の文字が表示されない。

 いつもとは違って合成できないのか……

 それが分かるとさっさと《ホルダー》を閉じ、地面に寝転がり、天井を眺めながら思案する。


 本当にどうすればいいんだろう。

 日曜日は明後日。

 明日までに何か解決策を見つけ出さないと、また向こうの世界が……由乃が危険な目に遭ってしまう。

 どうすればいいんだ……


 頭を捻り、悩みに悩み続ける。

 そうしていると、ふと向こうの自分のことが気になり、【通信】で会話を試みた。


「なあ、聞こえるか」

(な、なんだ!? 頭の中に声が!?)


 慌てふためく自分の声が頭の中に聞こえてくる。

 俺は苦笑いしながら話を続ける。


「……聞こえてるみたいだな。俺だよ俺。もう一人のお前だよ」

(も、もう一人の俺って……この間の?)

「ああ」


 それを聞いて落ち着きを取り戻したのか、声の調子が元に戻る。


(お前だったらこんなことできても不思議なことはないか……で、何の話だよ?)

「いや、実はそっちの世界に行けなくなったんだよ」

(ふーん。それで、この世界を何とかするって言ってたけど、どうするんだよ?」

「……面目ない」


 本当に面目ない。

 何とかするつもりだったのだが、何ともなりそうにない。

 罪悪感を覚える中、自分自身からの追撃。

 堪えるものがあるなぁ。


(お前がいないんだったら、また元通りってわけだ。このまま俺たち、死んでいくんだろうな)

「死んでいくんだろうって……何かしようとは思わないのか? せめて生きるために抵抗をするとかだな」

(無駄な抵抗、だろ。お前は俺なんだろうけど、俺はお前とは違う。選ばれた人間でも無ければ、特別な力を持っているわけでもない。ごくごく平凡で、慎重に慎重を重ねるようなタイプの人間だ。と言うか、お前も俺の性格はよく知ってるよな)

「まぁ……」


 元々俺も、同じようなタイプの人間だったはずだ。

 力を手に入れて、いつからか変わっていたのだろう。

 もしかしたらともう一人の自分に声をかけてはみたが……

 この調子なら、こいつに頼るだけ無駄かな。


 俺は大きくため息をつき、苦笑いを浮かべる。

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