第87話 司とノワール②

「辰巳……悪いけど、本気でやらせてもらう。俺だけの問題じゃないんだ。俺が負けたら由乃たちも危ない」

「天野のことは気にするな。あいつは俺が幸せにする!」

「……それが危ないって言ってるんだよ」


 俺は両手で魔力を練りながら辰巳に向かって走り出す。

 こいつを倒すには、圧倒的な力で一気に殺すしかない。

 俺と同程度とは言わないまでも、それに近い回復力を有している。

 傷を受けても傷は残らず、死なない限りは死に至らない。

 一撃だ。

 こいつを殺すには持てる最大の一撃を放たなければいけない。


 同級生を殺さなければいけないことに、罪悪感を覚えないというのは噓になる。

 だけどここでこいつを倒さなければ、俺にも由乃たちにも未来はない。

 お前のために死んでやるわけにはいかないんだよ。


「喰らえ!」


 辰巳に接近しながら、【火術】と【風術】を合成し、周囲に燃え盛る風を解き放つ。


「ふん。無駄なことだ」


 降りかかる火の粉を払うかのように。

 辰巳は剣で風を切り裂いてしまう。


 あの剣……相当な攻撃力を誇るようだな。

 辰巳だけの力ではなく、武器自体もLRクラスぐらいの力があるんだ。

 いや、もしかしたらLRをも超える力があるのかも知れない……


 俺は加速ながら【鉄の剣】を《ホルダー》から引き出し、辰巳に斬りかかる。

 キンキンッ! と自動で二回攻撃を放つ【鉄の剣】。

 しかし辰巳の剣はビクともしない。

 折ることはできないか。

 だけど、こちらの剣も折れていない。


「そんなちんけな剣で」

「そんなちんけな剣を折れないその剣もちんけじゃないのか?」


 苛立ちをあからさまにし、辰巳は剣を振りかぶる。


「お前の手にしている武器と一緒にするな! 俺の剣は――神剣! 世界さえも切り裂く、最強の剣だ!」


 神剣って……そりゃ【鉄の剣】とは比べ物にならない武器だろうさ。

 最強の剣に対して最弱の剣。

 だけどこっちだって特別製だ。

 神剣にだって劣らない最弱の剣なんだよ!


 俺は襲い来る剣を回避しながら相手の背後に回り、同時二連撃で背中を斬り付ける。


「うぐっ!」


 痛みに顔を顰める辰巳。

 俺と違い、痛みを遮断する能力は持っていないようだ。

 そのまま右足を連続で斬り付ける。

 二回攻撃を二回。

 計四つの切り傷が辰巳の右脚に浮かび上がる。


「痛いだろうが、この!」


 目の前から消えた辰巳は、背後から俺の胸目掛けて剣を突きつけようとしてきた。

 俺は振り返ることなく音だけで反応し、辰巳の頭部に剣を突き刺した。

 頭部にも二つの穴が開き、冗談みたいなほどの量の出血する。

 だがそれでも奴は死なない。

 

 痛みに苦しみながらも、こちらに狂気の笑みを向けて来る。


「島田ぁ! お前の攻撃程度で死ぬわけがないだろ! 俺はお前を超える、最強の勇者なんだ! 勝つのは――俺だ!」


 辰巳の剣の輝く光が凝縮されていく。

 剣を高々と掲げると、その光は天をつくほどに伸び続ける。


「辰巳……」

「島田……お前を殺す!」


 決着を付けにきたか。

 ならば俺も、ここで勝負に出る。


「【集中】」


 俺の中に絶対量の力が上昇していくような感覚。

 これで俺の攻撃力は2倍。

 さらに――


「【黒天】」


 自身の生命力が吸われていくのが分かる。

 しかしそれと同時に、瞬時に体力が回復していく。

 そうか。

 【黒天】で体力を消耗するも、【神の加護】で消耗した体力が回復されているんだ。

 ということは、リスクなしで【黒天】を発動できるということか。


「……何だその力は! 島田!」


 俺から感じる力が爆発的に増幅したことに驚きを目を見開く辰巳。

 感覚ではあるが……【黒天】の効力は、力がおよそ3倍になっていると思う。

 【集中】と合わせて――通常の6倍。


 これだけの力があれば辰巳を倒せるはず……

 逆に言えば、これで倒せなかったらこいつを殺すことはできない。


 辰巳は驚きながらも、持てる力をさらに絞り出し、果てしない輝きを放ち出した。


「島田!」

「辰巳!」


 来る。

 辰巳はその剣を全力で振り下ろし始める。


「【聖剣】!」

「【魔剣】!」


 俺は【鉄の剣】から暗黒の力を解き放ち、辰巳の光に対抗する。

 目の前で交差する闇と光。

 その衝撃に風が吹き荒れ、大地が揺れに揺れる。

 

「うおおおおおおおお!! 島田! 俺は! 俺はお前に勝って天野を!」

「それはもう叶わない願いだ! お前はここで――終わりだ!」

「――なっ」


 一瞬拮抗していた力はバランスを崩し、俺の【魔剣】は黒い焔を纏い出す。


「嘘だ……嘘だ!」

「「【害なす炎の魔剣レーヴァテイン】!!」


 暗黒の炎に飲み込まれていく光と辰巳。

 爆発的な力は周囲にあるものを全て吹き飛ばし、地獄の業火が広がっていく。


「…………」


 俺の足元では、奴の剣がボロボロと崩れていく。

 すでに辰巳の姿はどこにもなかった。


 辰巳の気配さえも感じなくなっており、確実に奴を殺したのを俺は悟る。


「辰巳……」


 同級生を殺したことに少し心が痛む。

 俺は勝利に喜びを覚えることなく、真っ黒な空を見上げていた。

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