第89話 司と司の会話②

 もう一つの世界の司。

 彼はひんやりするフローリングに直接座わり、膝では横になった円の頭がある。


 怪我が治った彼女の顔に触れると、気持ちよさそうにする円。

 何もない、二人だけの静かな夜。

 司から連絡が入ってきたのはそんな時のことだった。


「それで、そっちは順調なのか? その……異世界? ってところ」

(ああ……こっちは順調だと思う。今のところは)

「……円もそこにいるのか?」

(円も由乃もいる。後、勇太と磯さんも)


 司は首を傾げてもう一人の自分に言う。


「誰だよ。勇太と磯さんって?」

(知らないのか?)

「知らないよ。そもそも、その由乃って人のことも知らないしな」


 高校に行っていない司は、まだ勇太や磯嶋たちとは出逢っていない。

 円とは偶然知り合っただけで、まさに運命の出会いのようなものだった。


 司はそんな円の寝顔を愛しそうに眺める。


(そっか……お前、円が心配なのか? こっちの円は知り合いでも何でもないのにさ)

「円は円だろ? たとえどの世界の円だろうと、こいつが困っているなら俺は助けに行く。俺はずっと円に助けられてきたから」

(その円のために立ち上がろうとは考えないのか? そこでじっとしていても、円はいずれ死ぬことになるんだぞ)


 ビクッと震え、円から手を離す司。


「……死ぬときは一緒だ。できることがあるならこいつのために何だってするつもりだけど、抵抗するだけ無駄だからな」

(せめて抵抗ぐらいしてみろよ。円のために死に物狂いで――)

「だから、それが意味ないんだって!」


 司はもう一人の自分の声にカッとなり、怒声を上げる。


「自分が何でもできるからって、他人も同じようにできるなんて思うなよ! 死に物狂いになったところで何も成し遂げることはできないし、何も守れやしない。あんな化け物たち、相手にするだけ無駄なんだよ」

「司……?」


 司の声に目を覚ます円。

 バツが悪そうに円から視線を逸らす司。


(別に俺と同じようにやれなんて言ってないだろ。せめて出来ることぐらいはやろうぜって話でさ)

「だからそれが無駄だって言ってるんだよ。悲しいけど、このまま終わりなんだよ、俺たちは」


 辛そうに歯を噛みしめる司。

 円はそんな司の顔を見て、ミニテーブルの上に置いてあるチョコレートを手に取り、彼の口に近づける。


「チョコレート。食べたら落ち着く」

「……それは円だけだろ」


 苦笑いしながらも司は円の差し出したチョコレートを口にする。

 甘味が口に広がり、ほんのり落ち着くような感覚があった。

 しかしこれはチョコレートの効果ではなく、円が彼の心を落ち着かせただけである。


 円は司の膝の上に座り、チョコレートを頬張り出した。

 円の頭から香るシャンプーの香りを匂い、さらに落ち着く司。


「誰と話してるの?」

「……もう一人の俺だよ。どうやってるのか知らないけど、直接頭に話しかけてくるんだよ」

「……超能力」

「だな」


 円は何をするでもなく、司の膝の上でただチョコレートを味わっている。

 司はもう一人の司が来れないことに、世界の終わりが訪れることを受け入れていた。

 しかしその一方で、やはり円のことは何とかしてあげたいとも考えている。

 たとえ世界が滅んだとしても、円だけには生き延びてほしい。

 だけど、どうしようも無いんだよな。


 絶望と希望。

 諦めと願い。

 現実と奇跡。


 現状を受け入れつつも、円が生きて行ける未来を望む。

 司はそんな矛盾ばかりしている事を考え、また落ち着きを失いつつあった。

 

(一応、そっちに戻れる方法を探してみるよ。もしかしたらそっちに移動できるスキルがあるかも知れないからな)

「期待しないで待ってるよ。というか、そもそも何でこっちに来れなくなったんだ?」

(封印されたんだよ。スキルを)

「スキルねぇ……化け物を倒したら貰えるっていう、あれだろ?」

(そっちもそうなんだな……そう言えば、お前はどんなスキルを持ってるんだ?)


 司は乾いた笑いをしながらもう一人の司に答える。


「化け物一匹倒したことないからスキルなんて所持してないよ。そもそもデッキだって開いたことないしな」

(なんだよ。戦ったこともないのかよ)

「俺は慎重派だ。危険な行動なんてとるかよ」


 ふんと鼻で笑う司に円がぼんやりと反応を示す。


「司、デッキ開いたことないの?」

「ないな。俺が戦えないのは知ってるだろ?」

「知ってる」

「なら開くだけ意味ないだろ? 戦うつもりもないし戦えもしないんだから」


 円は「確かに」と一言だけ呟くと、ポテンと司の胸にもたれかかる。


「ちなみに司のステータスはどうなってるの?」


 円はステータスを開けと言いたいのだろう。

 それを感じ取った司は苦笑いしながらも彼女の要望に応えることにした。


「開いたところで意味ないと思うけどな……デッキ・オープン」


 ヴンッと目の前に半透明のステータスが表示されると――

 いきなり司の全身に稲妻のようなものが駆け巡る。


「んなっ……」

「司?」


 司に触れているはずの円には何もない。

 一人だけバチバチと走る電気に痙攣を起こす司。


「はぁはぁ……何だったんだ」


 衝撃が収まり、司は息を切らせている。

 混乱しながら目の前に表示されたステータスを確認し、さらなる混乱を覚える司。


「な、何だよ……これ」

「司……凄い」


 島田司

 HP(A) 19000 MP(C) 7000

 STR(A) 12666 VIT(C) 7000

 AGI(B) 10500 INT(B) 10000

 LUC(A) 12666


 司と円は、ステータス画面を見て固まっていた。

 そして司は、同時に胸が熱くなっていく感覚に、激しく戸惑っていた。

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