第四章
第78話 神
「スキルの制限……そんなことできるなら、なぜ最初からそうしなかった? あいつの能力を極限まで削れば、ルージュたちが死ぬこともなかっただろ?」
「君たちの世界にはゲームというものがあるだろう?」
「ああ」
「俺はゲームの開発者でもありプレイヤーでもあるんだ。システムの変更はもちろん簡単だが、それじゃプレイヤーとしての楽しみは失われてしまう。そして島田司は言わばバグのような存在なのさ」
「バグ……?」
周囲に何もない空間で会話をする二人。
そしてその背後で宙を浮くもう一人の男。
二人の話を聞いているような、それでいて興味がないような態度でただ静かに宙を漂っている。
会話をしている一人の男――ノワールは男の言葉に首を傾げていた。
「ああ。後ろにいる彼が何かを企んでいるようでね。あのバグは彼が俺に対して放った、サプライズのような存在なのさ。だから彼がどうなるか、俺をどれだけ楽しませてくれるのかをワクワクしながら観測しているんだ。そんな存在から力を奪うなんて、楽しみを削ぐような真似はしない。俺は純粋にこのゲームを楽しませてもらっているのさ」
「ゲーム……俺もルージュたちもそのゲームの駒にしかすぎない、か?」
「そういうことだ」
男の返事に眉を顰めるノワール。
腰にある剣でこいつを殺してやろうか。
そう考えるが、彼には絶対に敵わないことを知っている。
蟻が像に挑むようなものだ。
まさに次元の違う力の持ち主。
無駄なことは止めておこう。
「……俺があいつをやれるのなら、駒だろうが何だろうが構わない。一つだけ確認しておく。俺は本当にあいつに勝てるんだろうな?」
「そのつもりさ」
男は微笑を浮かべながらノワールに返事をする。
「ブランやルージュたちは、島田司が存在する前に設定した管理者だ。でも君は、対島田司を想定して創り出した管理者。彼がどれほどの能力を与えたのかは知らないが、十中八九、勝てると踏んでいる」
「100%じゃないのか」
ノワールは苦笑いをして宙に浮く男を睨み付ける。
こいつが島田に力を与えたというのか……
出会ってから一言も話をしたこともない。
ただそこにいるだけの不思議な存在。
目の前にいる男と同じ、世界の製造者……
俺が知っている言葉の中で、こいつらのことを表現するのならば――
神。
そう、この二人は神そのものなのだ。
この世界を創り、人間を創り、ルールを創った存在。
そして俺たちはこいつらの手の平の上で踊るだけの滑稽な存在なのだ。
どれだけ憎かろうが殺意を抱こうが、どうしようもない。
だから俺は駒らしく、自分ができることだけをするだけだ。
「一つだけ聞いてもいいか?」
「何だい?」
「もし……もしもの話だ。俺が島田に負けたとして、あいつがお前たちに勝つ可能性はあるのか?」
もちろん、こんなことは意味のない質問だと分かっている。
だがなぜか、ノワールはそれを聞いておかなければならないような気がした。
「ハッキリ言ってその可能性はないね」
「100%、か」
「ああ。【制作者】に勝てるのは【制作者】以外存在しない。要するに俺を殺せるのは、彼しかいないということだ」
宙に浮く男を睨むつけるノワール。
男は穏やかな笑みを浮かべて続ける。
「島田司が【制作者】にでもならない限り俺が負けることはない。な? 彼が俺に勝てる可能性はないだろ?」
「確かにそうだな……どうあがいても俺たち人間ではお前らには敵わない」
男はノワールから宙に浮く男に視線を向ける。
そう。
どれだけ島田司に力を与えようとも、俺を殺せやしない。
そもそも俺を殺すのなら今にでも背後から命を狙うつもりだ。
だったら彼は何を企んでいるのだろうか?
男は愉快な気持ちに浸り、くつくつと笑う。
きっと君のことだ。
とても面白いことを考えついたのだろう。
何をするつもりかは知らないけれど、君のサプライズを心待ちにしているよ。
「ノワール。君の出番は近そうだ」
ノワールは男の言葉に怒りの炎で胸を熱く滾らせる。
ようやくだ……ようやく島田と戦えるんだ。
あいつに勝って、俺は……
男はノワールの高揚する様子を、目を細めて愛しそうに見ている。
せいぜい俺を楽しませてくれ。
俺の予想を超えるイベントが起きることを祈っているよ。
「…………」
宙を浮く男は何も語ることなく、男の背中を冷たい氷のような瞳で見つめ続けていた。
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