第67話 救出

「オラッ! 早くどけ!」

「さっさと女渡せ!」


 由乃と円を守り、男たちの暴力を受け続ける磯嶋。

 背中は傷だらけ、頭も何度も蹴られ意識は朦朧としていた。

 だが、二人を守らなければならないという使命感から、二人を抱きかかえる手の力だけは緩めることはない。


 磯嶋はあまり頭が良くない。

 だが愚直なまでの純粋さを持っている。

 子供の頃はよく同級生からバカにされていた。


 無駄に暴力を振るわないこと。

 そしてどんな時でも弱い人間を守ってあげること。

 

 両親に言われたその言葉を子供の頃から守ってきた磯嶋。

他校の不良や上級生、または理不尽な教師から皆を守り続けてきた。

 そうしているといつしか皆に慕われる男となっていた。

 子供の頃の体験があるからか、人を守り続けることによって評価が変わったことに歓喜を覚えた磯嶋。

 二年も留年してしまうほど勉強はできないが、熱いぐらいに人を守る気持ちが強くなっていた。


 両親からの教えはいつからか、自分の使命だと感じるようになり、今もこうして自分を犠牲にしてでも二人を守ろうとしている。

 たとえ意識を失おうとも、磯嶋は二人を引き離すことはない。

 断固たる意志が、由乃と円の身を守りきる。


 しかし。


「……もういい。こいつ、殺すぞ」

「ああ」


 磯嶋のしぶとさにしびれを切らせたググルたち。

 めいめいにカードから武器を現出させ、示しを合わせたかのように一斉に武器を振り上げる。


「必死に守ってたとこ悪いが、女はいただくぜ」


 男たちは醜悪な笑みを浮かべながら――武器を振り下ろす。


「磯さん! 磯さん!」


 涙を流しながら、ギュッと目を閉じる由乃と円。

 磯嶋が殺される。

 そう考える二人。


 しかし、その瞬間は訪れない。


「――な、なんだこりゃ!?」


 武器を振り下ろしたはずの男たち……その男たちの武器を持つ手が、全て失われていたのだ。

 

 噴き出す血と激しい痛み。

 男たちはうずくまりながらも状況を把握しようとしていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 ルージュとブルを倒した後すぐ、俺は由乃たちがいる下水道へとやって来た。

 リュートたちが捕まっている場所の扉は完全に開いていたので、俺は【潜伏】を発動しながら中へと侵入していく。

 目の前で磯さんが暴行を受けており、俺は腹の底でグツグツと怒りが煮えたぎっていくのを感じていた。


 カレンが背後から首元にナイフをあてがわれている。

 磯さんたちは彼女が捕まっているから手を出せなかった。

 【潜伏】持ちの円がいてなぜこんなことになっているのかは分からないが……なぜか俺はこうして発見されていない。


 俺は早足でカレンの後ろにいる男の背後に回り、クロスボウを取り出しながらナイフを持っているその手を引き千切る・・・・・

 そのまま磯さんを囲んでいる男たちの手を、クロスボウで狙い撃ちしていく。

 【手加減】を発動し放った矢は、ことごとく男たちの手を吹き飛ばした。


「もう大丈夫だ。安心しろ」

「仮面の戦士様!」


 俺の姿を見た由乃が歓喜の声を上げる。

 磯さんは俺の顔を見て安心したのか、フッと意識を失った。

 ありがとう、磯さん。

 二人を命がけで守ってくれて。


 俺は胸に熱い物を感じつつ、怒りを再燃させていく。


「な、何で俺の【察知】でお前を見つけられなかったんだ?」

「それは知らないが、お前らの悪事は見つけた。覚悟しろ」


 男は「ひっ」と叫び顔を青くする。

 他の男たちにクロスボウを向けると、ビクビクと怯え懇願するような顔をこちらに向けてきた。


「た、頼む……助けてくれ。俺らはバロウに命令されただけなんだ」

「命令されたとしても、さっきまでは楽しそうにしてただろ。俺もお前たちのように暴力を愉しませてもらう」

「お、お願いだ……許してくれぇ……」


 男たちは失った腕を抑えながら涙を流し始める。

 俺は磯さんに対して一番暴力を振るっていたモヒカン男の右脚にクロスボウの矢を放つ。

 膝から下が破裂し、男はガクンと倒れ込み痙攣を起こす。


「グ、ググル……」

「お、お願いだ……いや、お願いします! 俺たちはバロウとググルに命令されただけなんです!」

「もうこんなことはしません! だから……許してください!」

「…………」


 俺が磯さんに近づいていくと、男たちは恐れおののきガタガタ震えていた。

 腰を抜かしたまま逃げ出そうとする者、中には放尿している者もいる。


 俺は磯さんに【回復術】を施し、傷が癒えたのを確認して周りにいる奴らに言う。


「こいつらだけじゃない。これから先一生、人を脅したり脅迫するようなことがあれば、もう一本の腕ももらう。分かったな?」

「「「は、はい!」」」

「常にお前たちを監視していると思え。何かあればいつでも俺はお前らの前に現れる。これからは心を入れ替えて、真面目に生きて行け」


 男たちは高速で首を縦に振り、涙を流しながらこの場を去って行く。

 モヒカンの男は肩を貸してもらい、真っ青な顔で一瞬だけこちらを睨んだかのように見えたが、俺と視線が合った瞬間に気絶した。

 これだけ脅しておけばもう大丈夫だろう。


「あ、あの。ありがとうございました……」

「いや、お前たちが捕まったのは俺たちの所為かも知れない……こちらこそ悪かった」


 リュートとカレンが俺たちに頭を下げてくる。

 だが彼らがバロウたちに目をつけらえたのは、勇太に勝つため。

 俺たちがいなかったら彼らもこうして捉えられることもなかったであろう。

 

「とにかく話は後だ。闘技場の方に戻らなければ」


 俺は磯さんの体を肩に担ぎ、皆を巻き込んで【帰還】を発動する。


 パッと移動した先は、闘技場。

 それも勇太とバロウが戦っている目の前であった。


「おい! また乱入かよ!」

「ふざけんな!」


 勇太を好き勝手やっている姿に興奮している観客たちがこちらに物を投げ暴言を吐く。

 背後に俺たちがいることに気づいたバロウはこちらに振り向き、ニヤリと口角を上げる。


「また邪魔しにきた――っ!?」


 だが、俺の後ろにリュートとカレンがいることに驚愕するバロウ。


「大崎勇太。無事か?」

「あ、ああ……」


 傷だらけの勇太はフラフラと起き上がり、血まみれの顔でニカッと笑う。


「サンキューな。今からこいつをぶっ飛ばすから待っててくれ」

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