第68話 決勝戦②
足を引きずりながらバロウに近づいて行く勇太。
バロウは真っ青な顔で俺の方を見ている。
「な、なあ……許してくれねえか? ちょっと調子乗っちまったみてえだな。こっちの負けは確定したから、もういいだろ?」
「そう言う話はそっちの男にしろ」
「え?」
眼前まで迫った勇太を見下ろすバロウ。
そしてニヤリと笑い、俺に提案をする。
「こ、これはこいつと俺の勝負ってことかよ?」
「ああ」
「俺がこいつに勝てれば、お前は俺に手を出さないと?」
「そう約束しよう」
「へ……へへへ」
バロウはカードを棍棒に変化させ、勇太の頭を打ち付けようと振り下ろす。
「そうなったら、死んでもらうぜ!」
しかし――それよりも速く、勇太の右拳がバロウの顔面を捉えた。
「ぷほっ!?」
数本歯が吹き飛び、口からダラダラと血を流すバロウ。
驚愕した顔で勇太を見ている。
勇太は全身血まみれで、左手は骨折、足もまともに動かないようだ。
だがその瞳は怒りに満ち、勝利を確信した力強いものであった。
「言ったろ? お前程度なら武器を使わずに片手で勝てるってさ」
「ふざけんな……重症の怪我人が何言ってやがるんだ――っ!?」
さらにもう一発。
勇太の全力の拳を顔面に喰らうバロウ。
歯はパンのクズのようにボロボロと崩れ落ち、目には涙を浮かべている。
「ど、どほにほんはひははは!? (ど、どこにそんな力が!?)」
歯が抜け、聞き取ることができない言葉を発するバロウ。
ズンと一歩近づく勇太に腰を抜かし、その場に尻餅をつく。
「ひ、ひぃ!!」
腰を抜かしたまま、犬のように逃げ惑うバロウ。
観客席では、新喜劇でも見ているかのごとく笑い声が飛び交っている。
「だせー!!」
「逃げんなバロウ!」
「そうだそうだ! 逃げてねえで戦えよ! ぷぷぷっ」
しかしバロウにはそんな観客たちの声は届いていないらしく、純粋なまでの恐怖に顔面蒼白となり必死に逃げている。
「おいおい逃げるな。なんでもありのルールなんだから、もっと頑張れよ。こっちは今にも死にそうなほど消耗してんだぞ」
「う、うううっ……」
あれだけの傷を負っていながら、あれだけの力を発揮する勇太に畏怖の念を抱くバロウ。
すでに戦意喪失となっており、出口の方へ向かって逃走するのみ。
バロウのそんな姿に大爆笑がおき、勇太もニヤッと笑みを浮かべながら近づいて行く。
「待て」
「へっ?」
俺は逃げるバロウの前へと立ち、行く手を遮る。
ガタガタ震えながら俺を見上げるバロウ。
「決着はまだついていない。ここから先はお前が負けてから通させてやる」
「こ、こうはんは! こうはんふふははほおはへへふへ!(こ、降参だ! 降参する~通らせてくれ!)」
「……悪いが、何を言っているか分からん」
「…………」
涙を流し、懇願するような目で俺を見つめるバロウ。
なんだか気持ち悪いな……
「!?」
バロウは背後にある気配に振り向く。
目の前まで迫っていた勇太の姿に震えが加速している。
勇太は倒れるようにバロウの上に乗っかかり、右拳を大きく振り上げた。
「痛かったぜ……倍返しとは言わねえが、10倍は返す!」
倍返しどころじゃないじゃないか。
そう言い放った勇太は右拳だけで執拗にバロウを殴りつけていく。
みるみるうちに腫れていくバロウの顔面。
それでも殴る手を止めない勇太。
こいつに痛めつけられたこと、それに磯さんがやられたこと。
さらにはリュートたちをさらったことに怒りを爆発させているのだろう。
今大会一、盛り上がりを見せる観客たち。
殺せコールが鳴り響く。
完全に意識を失い、原形が分からないほどにボコボコの顔面。
勇太は観客たちの声を聞き、血で染まった右手をピタリと止める。
失血で意識朦朧としたまま起き上がる勇太は、俺に向かってその赤い右手で親指を立てた。
「俺の勝ちだな」
「ああ」
「へへへ……」
意識を失い、ふっと力が抜ける勇太。
俺はそんな彼の体を抱きかかえ、闘技場を後にしようとする。
「ふざけんな! これで終わりかよ!」
「どちらかが死ぬまでやらせろ!」
「早く両方たたき起こせ!」
由乃と円はそんな声に怒りを露わにし、身体を震わせていた。
俺は勇太を抱きながら、そんな観客たちに向けって叫ぶ。
「そんなに死人が見たいなら俺が相手してやる。死にたい奴は降りて来い!」
「…………」
一気に静まり返る観客たち。
外から観戦するだけで、何もできない勇気のない者たちばかりだ。
俺とやりあうだけの力も心も持ち合わせていない。
冷酷に視線を観客たちに向けると、怯えるだけの顔がそこらじゅうに浮かんでいた。
俺は視線を勇太に戻し彼の体を地面に下ろして、【回復術】で傷を完治させる。
「仮面の戦士」
俺の後ろで円が抑揚のない声で言う。
「ありがとう」
俺はコクリと首を振り、【帰還】で宿屋へと瞬間移動した。
「ふー」
仮面を外し、ベッドに横たわる。
なんか大変な一日だったな……
俺はそのまま眠りに落ち、夜まで気分のいい時間を過ごすのであった。
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