第64話 下水道

 司と別れた由乃たちは町の外まで移動し、下水道の入口へとやって来ていた。

 中は不愉快なドブの匂いに見通しの悪い薄暗い通路。

 

 由乃と円は匂いに我慢しながらな中へと足を踏み入れる。


「おう! シュート、カレー! どこにいるんだ!?」

「い、磯さん。静かにしてください。バレたらマズいですから」

「おう! そうか!」


 うるさいぐらいの返事を返す磯さんに少々呆れながら由乃は進んで行く。

  

 下水道はいくつか通路が分かれており、司に彼らがここにいるとは聞いてはいるが、どに捕らえられているかまでは把握できていない。

 なので円が素早い動きで、全ての道を片っ端からしらみつぶしに確認していく。


 彼らの安否と、そのうち勇太の決勝戦が始まってしまうという二つの焦りに、由乃たちは不安を抱きつつ気味の悪い下水道を進んでいた。


「こっちにいた」


 5本目の通路でようやく円がリュートたちの姿を発見したようで、由乃はパッと明るい表情を見せる。

 忍び足で通路の右側に折れて行く由乃たち。


 一番奥には汚らしい扉が備えられており、少しだけ開いたその扉から中を覗く。

 中には15人のガラの悪い男に、中央で怯えているリュートとカレンの姿。

 由乃も磯嶋もその姿を見て、ギリッと歯を噛みしめる。


「おう……助けてやろうぜ」

「でも、どうやって助けましょうか?」

「私、【潜伏】が使える」


 由乃は「なるほど」と首を縦に振る。

 円は静かに【潜伏】を発動させ、扉の隙間から身体をくぐらせて室内へと侵入を開始した。

 由乃はゴクリと息を飲みながら、見えない円を見守るように室内を凝視する。

 背後からは下水の流れる音が聞こえほど、中は静かなものだった。


 こっそりとリュートたちに近づいていく円。

 【潜伏】で近づいた後は、彼らを守りながら戦わなければならない。

 相手は15人……だけど強そうな奴はいなさそうだ。

 そう考えながらリュートたちに接近しようとする円であったが――


「お嬢ちゃん、それで隠れているつもりか?」

「え?」


 一人の男が円の様子に気づいていたようだ。

 鼻で笑い円を見下ろしながら、リュートたちの背後に回る男。


「【潜伏】は分っちゃうんだよなぁ。俺って【察知】のスキルを持ってるるからよ」


 円は自身が所持している【察知】のスキルのことを失念してしまっていた。

 普段モンスターしか相手にしないので、人間が相手を想定していなかったのだ。

 抜けていた自分自身に怒りを覚える円、そして由乃。


 円が見つかった瞬間に、由乃は磯嶋と共に中へと突撃する。


「おっと。仲間もいたのかよ。だけど動くんじゃねえぞ」

「ひっ……」


 カレンの首にナイフを宛がう男。

 由乃たちは身動きできなくなり、その場に貼り付けらえたかのようにピタリと動きを止める。


「【潜伏】持ちが来るのは想定していた。お前がいてくれてよかったぜ」


 そう言うのはググル。

 モヒカンを櫛で整えながら、【察知】で円を発見した男の横につく。


「見えねえところで変な動きされても困る。姿を見せな」

「…………」


 円は【潜伏】を解除し、ググルらに姿を見せる。

 ググルは円の顔を見るなら、ヒューと口笛を吹いて口角を上げた。


「小さいけど、えらい可愛い女だな」

「あっちのもいい女だ」

「本当だ」


 由乃と円を見て、ニヤニヤと品の無い笑顔を浮かべる男たち。

 円はその表情にイラつき、由乃は背筋をゾクリと冷えさせていた。


「いいか? 動くなよ? 動いたらこいつらを殺すからな」

「…………」


 ググルは鼻息を荒くしながら円へと近づいて行く。

 男の様子に見かねた磯嶋が、円の前に立ち、ググルを睨み付ける。


「おう! こいつらには指一本触れさせねえぞ!」

「動くなっていったよな? おい」

「ああ」


 カレンの首に宛がっていたナイフをゆっくりと引く男。

 少しづつ彼女の首から血が流れていく。


「う……ううう」


 カレンの血を見て、磯嶋は怒りに怒る。

 しかしそこから一歩も動くことができず、男を見据えるだけであった。


「あの女に傷がついたのはお前の所為だ。今度は本当に殺すぞ」

「その人を殺したら、私たちの仲間がバロウを殺します! いいんですか?」

「おいおい、今不利なのはどっちかわかんねえのかよ? 脅すのは俺らで君らは脅される側だ。抵抗した瞬間にあいつらは殺すからな」


 ひひひっと笑い声を上げながら円に近づくググル。


「やることも考えることも不愉快極まりないですね。あなたたちみたいなクズは、どの世界にも存在するなんて」

「そのクズにいいようにされるのはお前らなんだよ」


 磯嶋の肩をドンッと押すググル。

 次の瞬間、円に襲い掛かろうとするググル。


 しかし磯嶋が円と由乃を抱きかかえ、二人を守るように上から覆いかぶさってその場に倒れ込む。


「おい、どけ! この野郎! あいつらがどうなってもいいのか!?」

「おう! どうなってもいいわけねえだろ! だけどな、こいつらもいいようにさせるわけにもいかねえんだ!」

「っ……この!」


 リュートとカレンを殺せば磯嶋に自分たちはやられる。

 舞踏会での磯嶋の戦いを見ていたググルたちは相関が、その場でカレンらを殺すことを躊躇した。

 その代わりに抵抗できない磯嶋に向かって、残りに男たちが、殴る蹴るの暴力を振るい始める。


「んぐっ……」

「磯さん!」

「磯さん……」

「おう! あいつらの汚ねえ手で、お前には触れさせねえからな! 安心しろ!」


 痛みに顔を歪める磯嶋。

 由乃はその磯嶋の姿に涙を流し、円は仮面の戦士が助けにくることを心の中で激しく祈っていた。

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