第58話 第一回戦
「す、すいませんでした……僕たちのために」
「悪いのはあの変態野郎だ。お前は悪くないよ」
勇太がリュートとカレンに親指を立てながら爽快にそう言う。
そしてそのまま闘技場の受付に行き、エントリーを済ませてしまった。
「大丈夫か、勇太?」
「ま、何とかなるだろ。だって俺、勇者だしっ!」
勇太は笑いながらそんなことを言った。
由乃と円は少し心配そうに勇太を見ている。
「人との争いは好きじゃねえけど、あんなクソ野郎は許せねえんだよな」
「それが勇太のいいところだよ」
「司だって一緒の気持ちだったろ?」
「まあ、そうだけど」
「なら、それも司のいいところだなっ!」
勇太の言葉にうんうん頷く由乃。
何でお前たちの評価が高いんだよ、俺は。
「おう! 俺もサントリーするか!」
「どこの飲料水メーカーだよ。エントリーね、エントリー。と言うか、何で磯さんがエントリーするんだよ?」
「俺もあの変態をぶっ飛ばしたくてな!」
「……その気持ちはよく分かる」
磯さんも勇太に続きエントリーを済ませると、武闘会は午後から始まるということを受付のお姉さんが教えてくれる。
「司はエントリーしねえの?」
「俺? 【戦士】程度の俺が参加なんて、自殺行為もいいところだろ?」
自殺行為となるのは対戦相手の方だろうが。
「そっか……殺し合いになるかも知れねえもんな。実際に真剣を使って戦うって言ってたかな」
武闘会のルールは一対一。
そして真剣を使ってのトーナメント形式だ。
死んでしまっても恨みっこなしという、殺し合いを肯定する無茶苦茶な大会。
勇太はそのルールに今更ながら少しばかり青い顔をしていた。
そりゃ嫌だろうな、殺し合いの戦いなんて。
「ま、何とか殺さない方向で頑張ってみるぜ」
「それが一番だな」
最悪、俺が相手を回復してやれば殺さずに済むであろう。
こんなバカなことで、勇太を人殺しになんてしたくない。
◇◇◇◇◇◇◇
中央の戦いの広場を見下ろす観客は数知れず。
多くの観客の声は熱気に包まれ、地響きさえも起こす勢いであった。
石造りの観客席に座り、黙って観戦をしている司たち。
第一回戦が始まり、次々と戦士同士の戦いが目の前で繰り広げられていく。
戦いによって命を失われる者もいるが、観客はそれを見てもヒートアップするだけで気にするようなそぶりも見せない。
司たちは狂気の中に放り込まれたような感覚を得て、気分を害していた。
とうとう勇太は対戦相手と対峙し、彼の第一回戦が始まろうとしていた。
相手は優勝候補の一人、【ローグ】のファイン。
ファインは真っ黒な暗殺者然とした服装に、二本の小斧を手に持っている。
今まで幾度となく人を殺してきたであろう、危ない目つき。
その雰囲気に由乃と円はゴクリと息を飲む。
「勇太くん、気をつけて下さい!」
勇太は由乃らに親指を立てて、銀の剣を《ホルダー》から取り出す。
そして始まる勇太とファインの戦い。
砂だらけの足場を蹴り、ファインが勇太との距離を縮めて行く。
素早い動きで勇太の左側――剣を持たない手の方へと移動していくファイン。
対人戦を熟知している者の動きだ。
対する勇太はどうやってこいつを殺さないで倒すかだけを考えていた。
勇太の頭を狙い、二本の斧が振り下ろされる。
勝った――
ファインは攻撃に反応しきれていない勇太の姿を捉えてそう思案する。
が、勇太は軽い動きで二本の斧を剣で弾いてしまい、【雷術】でファインの意識を刈り取ってしまう。
膝から崩れ落ち、その場に倒れ込むファイン。
息をしていることを確認し、ホッとする勇太。
場内は驚くほどの静寂に包まれ、皆が唖然としているようだった。
「ファ、ファインが負けた……?」
「あ、あんなあっさり負けるなんて……バロウより強いんじゃないか、あのガキ」
「こりゃすげーのが出場したもんだな」
爆発するような歓声がいきなり生まれ、闘技場は沸きに沸く。
勇太は司たちに手を振り、軽い足取りで戦場を後にする。
「……どうすんだよ、バロウ」
「……まさか、あんなに強いとはな」
物陰から観戦していたバロウはたらりと一筋汗を流し、仲間と顔を合わせていた。
自分はここで一番強いはず。
実際、この間の大会までは無敗の帝王であった。
ファインと戦ったこともあるが……勇太ほど簡単に勝利を収めたことはない。
ギリギリとまではいかないが、それなりに苦労する相手だったはず。
だというのに、勇太はあっさりとファインに勝利してしまった。
これはマズいと考えるバロウは数秒思案し、ニヤリと悪意に満ちた笑みをこぼす。
「おい、俺のために働いてくれるか?」
「……当然だろ? 俺はお前の相棒だぜ」
そう言うのはバロウの仲間であるググル。
モヒカン頭に悪人面。
黒い鎧を着ている筋肉質の男だ。
「俺は今回も優勝する……それにあのガキをぶっ殺すことも決定している。だが悔しいことにどうやら、あいつは俺よりも強いみたいだ」
「……だから?」
「だから、こっちが勝つために、お前は裏で動いてくれ」
「分かったよ。で、何をすりゃいいんだ?」
これ以上ないぐらい醜い笑みを向けあう二人。
勇太に勝つための作戦会議が開始される。
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