第49話 空洞

「こ、ここが塔の中か……」

「何もねえな」


 一緒に塔の中へと足を踏み入れた由乃たちは、緊張した様子で何もない空間を見上げていた。

 しかしあれだけ炎を放出したのに壁や床に焦げ跡が残っていないというのはどういうことだ。

 硬い石造りの床を、足でコツコツと叩きながら材質を確かめる。

 だが何一つ分からない。

 石の知識なんてないし、そもそもこれ、普通じゃないだろうしな。


「これから、どうするんでしょうか?」

「さあ……このまま何とかして上に上がれ……とか?」

「……どうやってですか?」


 苦笑いする由乃。

 俺は準備運動をし、一気に壁を駆け上がる。


「こうやってだよ」

「んな……なぁ!?」

「どうなってんだあいつは……」

「に、人間なんだよな?」


 驚きの声が上がる中、俺は勢いよく壁を走り続ける。

 ドンドン上に進んで行く。

 みるみる由乃たちが小さな点になっていくが、それでも駆け上る。

 というか、頂上までどれぐらいあるんだよ。

 え、このままずっと走り続けることになるの?

 【閃光】を使ったところで、実際の走る速度が変わるわけではない。

 今の俺なら時速500キロは有に超えている自信はあるが、それでも辛い。

 辛すぎる。

 それに壁を走るのって地面を走るのとは違い、速度が思ったように出ないし。

 走っている間に、耳が詰まったような感覚があった。

 エレベーターなんかで一気に高い所に上がったらこういうことっておきるよね。

 

 走るだけなので何もすることがなく、周りの景色を楽しもうとするも何もないことを認識するだけで終わる。

 辛い上につまらない。

 まだ先は見えないし、いつまでこうやって――


「うおわっ!!」


 バチッ! と見えない壁のようなものに弾かれる。

 俺はのけ反り、当然のように自然落下を始めた。


 どこまで上ったのか分からないが、これ以上は進めないようになっているのか。

 そういや、ヘリなんかも近寄れなかったって言ったもんな。

 特殊なバリアでも展開しているのだろう。


 俺は落下しながら腕を組み、そう思案する。


「つ、司くん……って、きゃああああ!」

「お、おい、あいつ落ちてるぞ!」

「し、死んだ…確実に死んだ……」


 下の方から悲鳴が喚き散らされている。

 俺はクルリと体を回転させ、足から地面に着地した。

 凄まじい音が鳴り響くが――足元は傷一つつくことなく、ビリビリと振動が響くだけ。


「途中から上がれなくなってたよ」

「…………」

「ん? 何かあったのか?」


 また由乃たちがキョトンと俺を見ている。

 俺がいない数分の間に何かあったのか?

 

「い、いえ……司くんが無事だったので、ビックリしているんです」

「何でビックリするんだよ。それより、ここで行き詰まりみたいだぞ」


 ハッと由乃は正気に戻り、首をブンブン振ると、茶色の美しい髪も左右に振られ、よい匂いを巻き散らす。


「で、ではここで終わりということですか……え、もう世界が元に戻るんですかね?」

「さぁ? 俺はちゃんとしたルールを知らないからな」

「塔の頂上に到着するのが目的のはずなんですが……」


 それならクリアは不可能だ。

 どうやってもクリア条件を満たすことができない。

 詰みというやつであろう。

 どこかでイベントアイテムでも見つけてこいとか?

 そうなったら、本当にゲームそのものになってしまうけれど。

 というか、そうだったとしても情報なしでアイテムを見つけてくるのは不可能なのでどちらにしても行き詰まりだ。


 由乃は少しパニックになりながら、デッキを開いている。


「あ! 司くん!」


 由乃はデッキの中で何かを見て、驚いた顔をこちらに向ける。

 俺は何事であろうと、自分のデッキを開いて確認することにした。


「デッキ・オープン」


 ヒュンと目の前に半透明の情報が映し出されるものが浮かぶ。


 そこにはログが流れており、『第一ステージクリア。次回第二ステージをスタートします』という文字が流れていた。


「第一ステージって……本当にゲームかよ」

「次回……来週、先に進めるということでしょうか?」

「そういうことだろうな」


 ログをタップすると、俺のステータスが表示されていた。

 そのまま閉じようとするが、前回と比べて変化があったので手を止めて凝視する。


 島田司

 HP(A) 4000 MP(C) 1000

 STR(A) 2666 VIT(C) 1000

 AGI(B)  2200 INT(B) 2000

 LUC(A) 2666


 こっちのステータスも上がっているな……

 さっき門番も倒したし、塔の中で化け物たちも大勢倒したからか?

 しかしこちらのステータスは、俺の強さに影響されるのだろうか?

 だが影響を及ぼしていたとしても、もう俺には分からないけど。

 だって普通にやってても一撃で敵を倒せてしまうのだから。

 簡単に敵をたおせてしまうのなら確かめようがないというものだ。


「何かあったんですか?」


 と、由乃は俺のステータスを横から覗き込んでくる。

 由乃のフローラルな香りがまた鼻腔に飛び込んで来た。

 興奮するぞ、と思ったが、それ以上に由乃が興奮している。


「ななな、なんですか、このステータスは!?」

「え? 強いの、これ?」

「つ、強いなんてものじゃありませんよ……なんですか、攻撃力2000超えって……」

「「「に、2000!?」」」


 また由乃を含め、その場にいる全員が凍り付いてしまう。

 向こうでも勇太たちに俺のステータス見せたらこんな反応するのかな?

 なんてことを思案しながら、俺は情けない皆の表情を眺めながら思案する。


 しかしこの塔は何なんだろうな……

 次のステージって、いったい何が起こるんだ?

 頂上に到着したら何があるんだ?

 不明確なことが多すぎて悩ましいところだけれど……


 今はこうして由乃たちがのんきに驚いていられる。

 それだけでいいか。

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