第50話 辰巳健司と――

「皆さん、来週も司くんが来てくれるようなので安心してください」


 皆に笑顔を振りまき、人の心を穏やかにさせる優しい声の持ち主、天野由乃。

 その言葉を聞いた男たちは、安心しきって大きなため息をついている。

 それから他の皆にも早く伝えたいのか、落ち着かない様子で俺を急かすように走り出す。


「早く、皆にも伝えてあげないと!」

「皆って、誰のことだよ?」

「世界中の人たちにです! でもまずは知り合いに伝えに行きます!」


 俺は走る由乃の手を取り、【帰還】を発動する。

 瞬時に学校前に移動すると、由乃は【帰還】のことを失念していたようで、「あっ」と短く漏らした。

 え? もしかしてあそこから走って帰ってくるつもりだったの?


「戦えない人は体育館に、戦いに参加する人は校庭にいます」

「学校に集まってるんだ」


 災害時と同じか。

 こんな時も学校に集まったりするんだな。

 というか、学校に飛んで丁度良かった。


 由乃は校門を抜け、校庭まで全力で走って行く。

 

「由乃。遅かったね」


 校庭には同級生の女の子がいたらしく、息を切らせた由乃をこの世の終わりみたいな表情で見ている。

 彼女はこれから戦いに参加することが辛いようだ。

 いや、彼女だけではない。

 戦いの装備を身に纏い、校庭に集まっている1000人近くの人々、全員の顔色が悪い。

 そりゃそうだろう。

 普通の精神力だったら、モンスターや化け物たちと戦えなんて耐えがたいものだと思う。

 前の世界の時は、勇太や辰巳みたいに頼れる奴がいたし、皆も普通よりも大きな力を与えられていた。

 それでも、最終的には彼ら彼女らも戦いを放棄してしまったのだけれど……

 要するに、強い精神力を持たない一般的な人間には、地獄としか形容できない状況であろう。


 そんな彼らの姿を、眩い笑顔で照らす由乃。

 

「皆さん! 今日は戦いをしなくていいんです!」

「ど、どういうことなの?」

「司くんが……この方が、いるからです!」

「…………」


 シーンと静まり返る人々。

 明るい由乃とは対照的に、酷く暗い顔。

 近くにいた男の人が鼻で笑い、由乃に言う。


「君、こんな時に冗談は止めて――」

「冗談じゃありません! 司くんが門番を倒し、中にいる化け物を全部倒しちゃったんです!」

「……はっ?」


 由乃はスマホを取り出し操作をして、映し出されている画面を皆の方に向ける。


「ほら! SNSでも呟かれてますよ! 謎の少年が門番を攻略って!」

「ええっ!?」


 由乃の言葉に皆がスマホを操作し始める。

 俺も由乃のスマホを見せてもらい、その内容を確かめた。

 塔の中で俺の背中が写されている画像……わずか30分前の情報だというのに、リツイートはすでに1万を超えている。

 これだけの人が俺の画像を見ていると考えると……恥ずかしい。

 これからまだまだ増えるんだろうな……

 俺は少し顔を赤くし、皆の方を見ると……唖然とした表情で俺を凝視している。


「ほ、本当に戦わなくていいのか?」

「君が門番を……?」

「は、はぁ……」


 ドッっと一気に押し寄せる人々。

 俺は瞬く間に皆にもみくちゃにされる。


「ありがとう! ありがとう!」

「君のおかげで死ぬような思いをせずにすむ!」


 由乃はそんな皆の反応を嬉しそうに眺めてから、目を細めて俺を見る。


「司くんは救世主ですから」

「本当だ! 救世主だ! 俺たちを救ってくれる救世主だぁ!」


 さらにヒートアップする人々。

 頼むから騒ぎを大袈裟にしないでくれ。

 あんまりこっちにいるわけじゃないけど、この様子じゃ疲れるよ。

 俺は皆に胴上げされながら、ため息ばかりをついていた。

 できることなら勘弁して。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 辰巳は一人でコボルトの発生する洞窟でモンスターを狩り続けていた。

 孤独であることと仲間たちがついてこなかったこと。

 そして由乃の気持ちが司に向いていることを何度も思い出し、半狂乱で洞窟を何度も何度も往復している。


 もっと強くならなければ。

 もっと飛び抜け強くなれれば。

 一人で魔王エールキングを倒すことができれば、由乃は俺に振り向いてくれるはずだ。

 特別な存在に女は惹かれる。

 きっと、俺が最強になれば……


 辰巳はそうなることを信じ、ただひたすらに剣を振るう。


「ちょっといいかい?」

「だ、誰だ!?」


 辰巳は左手に持つタイマツを背後からかかった声の正体へと向ける。

 

「お、お前は……?」


 辰巳はその男の顔を見て驚愕した。

 男は嫌味の無い穏やかな表情で口角を上げる。


魔王エールキング……あれよりも大きな力が欲しくはないか?」

「な、なんだと……」

「君が望むのならば、魔王エールキングよりも強大な力――最強の存在にしてあげることができるが……どうだい?」

「…………」


 辰巳は男の瞳を覗き込みながら、まるで何かに取り憑かれたかのような表情で静かに頷く。


「条件があるんだろ? だが力を与えてくれるというのなら、俺はなんでもする」

「話が早くて助かる……こちらからの用件は大したことじゃない」

「どんな内容だ」

「……島田司の抹殺」


 男の言葉を聞いて、ニヤッと笑う辰巳。


「好都合だ……俺はあいつを殺してやりたいと思っていたぐらいさ」

「なら。交渉成立というわけだ。これからよろしく頼むよ、辰巳健司くん」


 男の差し伸べられた手を握り返す辰巳。

 その表情は悪魔のように邪悪でありながら無上の悦に浸っているようだった。

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