第5話大狼の襲撃

「お腹が一杯になったら勉強をするからな。

 砂手習いで字を教えるから、準備しなさい」


「「「「「はい」」」」」


 やはり子供たちは可愛い、俺に教えてあげられる限りの事を伝え、生きる力を伸ばしてやりたいが、この寒村では学ぶための道具が限られている。

 墨や硯はもちろん、高価な紙など一枚もない。

 せめて石板と石筆があればいいのだが、それもここでは無理のようだ。

 子供たちが使っているのは、古いお盆と木切れだけ。

 古いお盆に砂を入れて砂盆として使い、その砂盆に木切れで字を書くのだ。


 砂盆なら何度も使えるし、買い直す必要もない。

 石筆は沢で探せば見つけられるが、石板は家で作るのは難しい。

 紙は漉く技術のある人がいたとしても、売れば高価な値がつくのに、子供たちのために無償提供してもらうのは無理だ。

 それに、やる気があれば砂盆でも十分学べる事は、俺自身の経験で分かっている。


「動くな、外に獣の気配がする、窓のない方に集まっていなさい」


 半日ほど真剣に勉強していると、寺子屋の周りに濃密な獣の気配が近づいてきた。

 詐欺師女の言葉にも、手強い野獣がいるという事だったから、迂闊に外に出ては危険だし、子供たちの安全にも気を配らないといけない。

 俺は突上げ戸の支えを外して、獣が入って来れないようにする。


「この辺りに危険な獣はいるのか?」


「いるよ、おおかみのむれと、ひとくいくまがいるんだ。

 でも、おんなせんせいが、てらこやにはいれないまじないをしてくれたんだ。

 それに、おんなせんせいが、おとこせんせいがきたら、おおかみもくまもかってくれるといっていたよ」


 あの腐れ詐欺女が、無茶苦茶いいやがって、狼はともかく熊は狩った事がないと言っていただろうが、子供たちに無責任な事を伝えやがって。

 俺は一旦下した突上げ戸の少し上げて、外の様子をうかがったが、信じられないものを見てしまい、心臓が激しく鼓動を打ってしまう。

 なんなんだ、あの巨大な狼は!


 俺の知る狼は、体長が三尺から四尺程度で、体重も四貫前後だ。

 それが、さっき見た狼は、体長が七尺はあり、骨格も太く大きく、体重は軽く二十貫を超えると思われるので、化け物としか思えない。

 しかも気配から察すると、六頭もの大狼がいると思われる。

 とてもではないが、子供たちを家に帰す事はできない。


「いいかい、今日は寺子屋に泊まってもらう。

 外に入る大狼は六頭もいる、とてもじゃないが一人で狩れる相手じゃない。

 家の家族は心配するだろうが、今回ばかりは仕方がない」


「え、だいじょうぶだよ、おとこせんせい、おれたちはここでねとまりしてるから」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る