第265話 ウザいチラシを投函してこないでほしい
私の名はアラハ・ウィ。もちろん偽名ですとも。
本来の名は魔王=堕天使アザゼル。
神々の時代……今ではゴロツキ冒険者の風体をしながら人間たちと仲良くやっているウザエルと共に、私は神からあることを命じられました。
なんと神の写身でありながら罪深いあの人間どもに奉仕するようにと言われたのですとも、えぇ。
なにが悲しくて土塊から生まれた人間どもに奉仕しなければならないのですかと、私は神に人間の再創造を提案したのですがねぇ。神は私と同調した天使たちに「人間社会で百年間過ごし、その間、堕落からの誘惑に耐えられたら願いを聞き届けよう」と交換条件を提示してきました。
その当時の私達は「そんなの余裕ですとも!」と 世界を監視する「
私たち全員はたちまち快楽におぼれまくりましたとも。
ウザエルなんて、人間に教えてはならない禁じられた知識を惜しげもなく伝えだし「これで生活が便利になるんだからいいだろうが」と悪びれもしませんでしたなぁ。
ちなみに奴が伝えたのは、剣、盾、胸当てなど武器の作り方。腕輪や眉毛の手入れの仕方。呪術、薬草、占星術といったところなんですが、人間は眉毛くらいどうにか自分たちでできなかったんでしょうかねぇ。
まぁ、考えなしのウザエルのせいで人間たちは武器で争うことを覚え、女は化粧で男に媚を売ることを知り、地上には不敬虔や姦淫など様々な悪行がはびこることになってしまったわけですとも。
そのウザエルも人間の女イシュタールに口説き落とされ、あろうことか彼女が要求してきた最も禁断な知識である「神の秘密の名」を教えてしまうという失態まで犯していました。そのせいで毒婦イシュタールは生身の体で天界へ行く鍵を得たことになったわけです。最悪ですとも。
ウザエルは私を含むエグレーゴロイの堕天使たちに「ぜってぇ神にチクんなよ」と協定を結んだわけですが、堕天使と人間の女性たちとの間には身の丈3000キュビト(1350メートル)にもなる
巨人たちは地上の作物はおろか、鳥や獣、人間を食い尽くし、最後には巨人同士での共食いまで始めたわけです。そんな感じで地上が大ダメージを受けているのに神にばれないはずがないのですとも。
神は新たに定めた四大天使「ミカエル」「ウリエル」「ガブリエル」「ラファエル」に命じて、ウザエルのアホと私を暗黒連山に吊るしたわけです。
そして神に命じられたウリエルは大洪水によって地上のものを滅ぼして知識の断絶を図り、ガブリエルは私達堕天使を相争わさせて殺し合わせ、ミカエルは堕天使たちを永遠の審判の日まで地獄と呼ばれる異空間に閉じ込め、最後にラファエルは「お前が諸悪の根源だ」などと言って、この私をダドエルの穴に閉じこめたのです。
え、諸悪の根源はウザエルでしょうが! と訴える私の抵抗も虚しく、地獄よりも辛い穴の中に封じられたのですとも、えぇ。
私が絶望している間に神の秘密の名前を知るイシュタールは天界へ行ってプレアデスの七つ星として輝き、ウザエルのアホはイシュタールに秘密をバラした罰を受け、鎖で繋がれ逆さまに吊るされていたそうです。
どういうわけか、ウザエルは逆さ吊りにされている間に後悔の念に駆られたようで、神を裏切ってさーせん! と大反省したそうですが……絶対それ、ただのポーズだと思うんですよねぇ。けど、ウザエルは大洪水である家族と彼らが船に載せた番の動物たち以外の生き物がすべて死滅したことに嘆き悲しんだとか。ザマァですとも、えぇ。
それからどれだけの時が過ぎたか。
私は神に「ある依頼」を受けるのであればダドエルの穴から出してもいいと言われました。受けますとも受けますとも! ウザエルのようにポーズですけどね!
というわけで私が得た使命は「神の写身である人間どもを圧倒的な恐怖と支配で震え上がらせ、万物の霊長などと増長しないようにすること」でした。
それは面白い。
神の写身たちを阿鼻叫喚させる魔王というのは私にぴったりな役どころですとも!
―――と思っていたのも束の間。
魔王軍が強すぎて話にならないと気がついてしまった神は、異世界から稀人たちを召喚し、私を倒せる「勇者」を育てるようにウザエルに命じたのです。
選ばれたのは、戦士アヤカ。義賊のユーカ。聖女シホ。総帥シュン。
改心して人間の味方になったウザエルが神の言うことをヘコヘコ聞き入れたのは仕方ないとしましょうかねぇ。
ですが! 私の前に立ちはだかった勇者たちより先んじてあのアホがワンパンかましてきたせいで、私は原子分解しましたが!? なんのために勇者を育てたんだお前は!
その後のことは、悪い魔法使いアラハ・ウィを名乗り、魔王時代には出来なかった悪巧みを敢行し続けておりまして。
今回の王朝と王国の一件もそのうちの一つですとも。
人間どもが平和にのほほんと過ごすのは百歩譲っていいとして、私達
ちなみにガブリエルは王国のカーリー(エルフ)、ラファエルは帝国のドゥルガー(オーガ)、ウリエルは連合国のシャクティ(ナーガ)と、それぞれ冒険者ギルドの受付統括なんて肩書を持ってウザエルをサポートしていましてねぇ。神に命じられ任務を遂行しているだけなのに神の怨敵扱いされている私とは、随分扱いが違いませんかね!
そんなウザエルですが、その隣りにいるノーム種の少女シルビスちゃんが何者なのか、今もわかっていないようですなぁ。あの娘は一時期別のモノが取り憑いていたせいで最近やっと本来の自我を取り戻したようですが、その本来の姿というのが……おっと。それは私には関係のないことですとも。
「さて、稀人のカメアリさん。どちらの手紙を選びますかな? ニセモノを選んだら本物の手紙は燃やしますよ。ああ、もちろん偽物の手紙はちゃんと届けられて、しっかりと王朝と王国は戦争へと舵を切ることでしょうとも」
稀人などと言われていますが、彼も所詮は人間。無量大数に存在する並行次元から来た神の写身の一匹に過ぎません。こんな矮小な生き物が、私が作り出す時代の荒波を防ぎ切ることなんて出来ないのですとも。
ほら、神よ。私はちゃんと仕事してますよ? 人間たちが増長しないように定期的に争いを生み出したり、天変地異で生活基盤を根こそぎ奪い去ったり、悪魔たちを呼び出して人間狩りさせたりと、いろいろ頑張ってますよ!
だからそろそろ本来の地位への復帰と名誉回復をしていただいてもいいと思うんですがねぇ。
「どっちでもないパターンかな」
んんー!? この人間、まさか私が差し出した二通の便箋のどちらもニセモノだと看破しやがりましたか!?
「選択肢に本物を用意しないで相手をだまくらかすって、ルイードさんが酒場でよくやる手ですから」
「はぁ? どうしてそこでウザ絡みのルイードと私が関係するのですかね!」
「だって、知り合いでしょ?」
確かにインリアンが手紙を盗み出した時、私とルイードはその場で居合わせましたからねぇ。
「相当長い付き合いなんだろうなってことはわかりましたから」
「なるほど」
「で、正解をすり替える前に答えを」
抜け目のない人間ですねぇ。
「いいでしょう。正解です。ここにあるのはどちらもニセモノですとも」
私が生み出したニセモノは一瞬で炎に包まれて灰も残らない。しかし本物は天照大神の加護が効いているうえにミカエルの加護もついているから、絶対に燃えないのですとも。
「じゃ、ホンモノください」
私は懐から便箋を取り出して人間に渡―――そうとした手が手首ごと地面に落ちましたねぇ。
「ちょ、マデカさん!?」
「ホンモノを出せ」
王朝から来た女冒険者は落とした手首と手紙を掴み上げると私に叩きつけました。やれやれ、勘の良い人間は嫌いですとも。
「なんでわかったんでしょう?」
「この便箋、王国の酒場で配っていた娼館のチラシを折ったやつじゃないか! わからいでか!!」
「いやぁ、白い便線は高級品でしてねぇ。では……」
にゅっと生え変わった手の先に摘んだ便箋。紛うことなくホンモノですが、ちょっとした違和感が私の口から漏れてしまいました。
「はて。こういう時は必ず邪魔しに来るあのウザい男が来ませんねぇ……?」
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