第264話 ウザい悪役はここぞという時に現れる

 僕の名はカメアリ。

 王国と王朝の未来を左右する大事な手紙を届けるためにウザードリィ領に向かっている。


 とにかく急を要するため【赤き鋼鉄の絆】の仲間たちとも離れ、僕単独で移動しているわけだが、このダチョウみたいでもあり大きなひよこみたいでもある不思議な野生生物はまったく疲れを知らないらしく、休むことなく走り続けている。


 この調子なら期日までに手紙を届けられる―――と油断していたら、僕の頭上に影がさした。


「!?」


 見上げると巨大な鳥が急降下してくるところだった。そのデカさは大型バス並だ!


「チョコギ、避けろ!!」


 僕が渾身の力で手綱を引くと、騎乗動物チョコギは「ぎょっ!?」とした顔をして怪鳥の着地ポイントから身を翻した。


「間に合った」


 街道に降り立った怪鳥の背から女が降りてくる。手にした半月剣シャムシールには見覚えがある。あれは路地裏で戦った王朝の女冒険者……インリアンと酒場で暴れていたという話を仲間たちから聞いたけど、まさかここまで追ってくるなんて。


「改めて名乗ろう。私はマデカ・ソシデ。王朝で一等級冒険者を務めている」


 彼女は口元を隠していた布と頭全体を覆っていたターバンを外し、素顔を晒した。


 うん、やっぱり東洋と西洋の良いとこ取りみたいな美女だ。目元の濃さはアラビアンナイト風で、どう見ても日本人顔の多い王朝の人たちとは人種が違う。


「僕はカメアリ。王国の普通の冒険者だ」

「稀人だったな」


 以前戦った路地裏で「稀人を殺すと重罪だよ」と教えたが、彼女は構わず斬りかかってきた。ただの稀人は鍛えないとちょっと強い程度の一般人でしかないことを彼女は理解しているらしく、しかも王朝の人間なので王国の法律には縛られないという自信も垣間見えた。


 会話でどうにかできる相手じゃないことはわかっている。戦うしかない。苦手だけど、言うこと聞かない女はビンタして従わせる日本男児気質で行こうじゃないか!


 ※カメアリは1960年代=昭和35年から昭和44年あたりの高度成長期の日本から転移してきたので、テレビや映画ではそういう暴力的な男が当たり前にいた時代である。


 僕はチョコギから降りて短刀を構えた。


 一等級冒険者である彼女の繰り出す半月剣シャムシール二刀流に敵う実力は残念ながら、ない。僕はきっとここで命を落とし、手紙を奪われてしまうのだろう。


「待て、カメアリとやら。平和的に解決しようじゃないか」

「へ?」

「私に手紙を渡せ。それで全てが丸く収まる」


 マデカ・ソシデはその理由を説明し始めた。

 要約すると、王朝の(ブサイクな)女達を愛でていたスサノオという神様がウザードリィ領主と結婚するつもりらしく、そうなると王朝の(ブサイクな)女達が反乱を起こしてしまうので、なんとしてでも戻ってきて欲しい……という嘆願書を僕が運んでいるそうだ。


「だけど、僕たちもこれは王妃の勅命を受けて運んでいるものだ。依頼をしくじりましたでは済まないんだ」

「よく考えろ。王朝が滅ぶ危険と君たちの威信、どっちが重いと思う?」

「あなたの言葉を信じないわけではないが、それでも依頼を果たすのが冒険者だ」

「案外頭の固い男だな。愚直と言ってもいい」

「あなたこそ。王朝がどうなったとしても、どこの国に行っても食べていける実力者だろ。それほど王朝に思い入れがあるようには見えないけど」


 見た目は王朝の国民らしからぬアラビアンナイト風だし、顔つきの違いからしても王朝出身とは思えない。


「確かに私は南方の小国出身の母と、王朝出身の父との間に生まれた。王朝では随分人種差別されて辛酸を嘗めてきたが、そのおかげで強くなったとも言える。だが、それとこれとは別の話だ。王朝の醜女たちの希望であるスサノオを連れ戻すことは大いに賛成だからな。なぜなら私もそういった醜女の一人なのだから」

「はぁ?」

「何故驚く? この顔を見てわからないのか? 結婚適齢期を超えても言い寄ってくる男は一人としていなかった。私は自他共に認める醜女だ」

「んな馬鹿な。こんな美人見たことがないってくらい美女なのに」

「ふぁ?」


 どうやら僕と彼女では美醜の感性が違うらしい。


「わ、私は、ほら、見ろ! こんなに浅黒い肌で、目つきも厳ついし、彫りも深くて化粧映えもしない……」

「いやいや、そんなキリッとした目で見つめられたらどんな男でもイチコロでしょ」

「そ、そう思うのか?」

「正直、うちのパーティメンバーの女性陣と比較しても月とスッポンの違いがあると思う。本人たちの前で言ったら殺されそうだけど」

「そ、そう? そうなのか?」

「僕の仲間たち、見る?」


 僕はずっと前に絵師に書いてもらって懐に忍ばせている似顔絵を取り出した。


 鬼人種とヒュム種のハーフで背は百八十センチもあるし筋骨隆々の斧戦士ルデリッサ。


 ドラゴニュート種と呼ばれる珍しい人種で、見た目は人間のように二足歩行するドラゴンの盾戦士パウラ。


 猫人種で人と形状と体毛の量が異なっている魔法使いのイェニコル。


 そして唯一ヒュム種で「一応」僕の恋人ではあるが、サマトリア教会の戒律的に婚前交渉はNGの修道女モーネ。


 みんなそれぞれにいい仲間だと思っているし、いい女だと認めているが、美醜の話だけに絞るのならマデカ・ソシデには敵わない。


「い、いや、そんなことはないだろ。この修道女なんて愛らしい顔をしているじゃないか」

「そうだね。可愛いとは思う。だけど美女じゃなくて可愛い、なんだ」

「お前の基準はよくわからないが、とにかく私は醜くないと?」

「全然まったく。むしろ僕が見てきた女性の中では一番の美人だよ」

「そ、そうなのか。いや、それはお前だけの感想なのではないか?」

「それはこの場では証明できないけど、僕の美的感覚がズレているなんてことは言われたことがないから間違いないと思うよ」

「そこまで言うのなら!」


 彼女は何を思ったのか軽装備の服を脱ぎだした。


「ちょ!?」


 ここは人の気配は皆無ではあるが街道のど真ん中だ。みだりに女性が脱いでいい場所じゃない。


「そうまで言うのなら私を抱いてみろ」

「僕には恋人がいるからそれは出来ないよ。彼女を裏切るような真似はできない」

「堅実な男だな」


 彼女は苦笑して服を着直すが、正直せっ●●ピーできるものならお相手してほしいくらいの美人ではある。それでなくてもモーネはサマトリア教会の戒律的に婚前交渉がNGなので、なにもできていないわけで……。


 しかし噂に聞く稀人たちの中には「ひゃっほー、異世界だハーレムだ」と思い込んでとんでもないことをやらかして投獄されている連中もいると言うし、下手を打つ訳にはいかない。この世界も元の世界と同じ倫理観と道徳があるのだから。


「それにしても、どうしてあなたは手紙を奪う必要があるのかな」


 僕は素直な疑問を述べた。


 王朝から送られた手紙の中身はわからないが、透視ができる古物商の手に渡った時に調べたら「スサノオ様の返還を求む」「返さない場合は戦争も辞さない」という過激な内容だったと仲間から伝え聞いている。それに対して王妃は「貴殿の実家から脅されてけど自分たちで解決しろ」という手紙を添えて、ミュージィ・ウザードリィ女侯爵に転送しているはずだ。


 これを王朝の冒険者が奪う意味がわからない。だって王朝としてはスサノオに戻ってきて欲しいわけだから、この脅しの手紙は有効なはずだ。


「それはそうだろう。その手紙は王朝を守護する天照大神が王国王妃に対して、スサノオとミュージィ女侯と婚姻を許すという内容なのだから」

「え?」


 僕が聞いている内容と違う?


「これはスサノオを王朝に戻さないと戦争も辞さないという内容なのでは?」

「え?」


 彼女も首を傾げた。


 僕たちは一呼吸置いて内容のすり合わせを始める。


 王朝の醜女たちを愛でてくれていたスサノオが王国のミュージィ・ウザードリィ女侯と結婚するとか言い出したから王朝内は大混乱。特に醜女呼ばわりされていた王国貴族の女達はスサノオ様を返せと反乱を起こす兆しも見せている。


 そんなスサノオ様宛に東の王朝から手紙が送られるが、それは一旦王国王妃を経由する。


 手紙はインリアンに奪われて売り払われ、一旦古物商のミヒトの元に渡り、そこでミヒトが中身を透視して「スサノオを返せ」という恫喝的内容だったことは判明している。


 しかし彼女が依頼された内容は「結婚を認める神の親書」だと言う。スサノオの婚姻を認める手紙が届く前に、王朝としてはそれを奪い去りたいというのが筋の通る話だ。


 ミヒトが手紙の内容について嘘をついたのか。

 それとも僕の仲間たちがミヒトから聞き損じたのか。

 もしくは―――違う内容の手紙があるのか。


「おやおや、気がついてしまいましたかねぇ、えぇ」


 突然湧いた男の声に僕とマデカ・ソシデが振り返ると、そこには仮面をかぶったローブ姿の男が立っていた。この男には見覚えがある。インリアンが師事していた魔法使いだ。


 いつの間に後ろにいたのかわからないが、その手の中でひらひらさせている手紙は僕が持っているものと瓜二つだとはっきりわかった。


「こちらはインリアンがあなたから盗んだ手紙ですとも。内容はスサノオ神の結婚を認める天照大神の著名と、王国王妃の許可ですな。そしてあなたが持っているそれは、私が偽造したニセモノということになります、えぇ」

「すりかえたのか」


 僕の懐から手紙を盗んだインリアンが一目散に逃げ出したとき、仮面男も近くにいた。突然この場に現れるくらいの男だから、なんらかの方法で手紙をすりかえたとしても不思議な話ではない。


「すりかえましたとも、えぇ。私が偽造した不躾で失礼な手紙が届けば、ゆくゆくは王国と王朝が戦争を始める切っ掛けになるかもしれませんし、面白そうではありませんか? 見てみたいものですなぁ、王国王妃や天照大神が嘆き苦しむ様を」


 こいつ、性格破綻者か!?


「本物の手紙を返してもらいたい!」

「えぇ、いいですとも」


 仮面男は驚くほど素直に手紙を僕に差し出した。

 しかしそれを受け取ろうと手に取っても、手紙は彼の手から離れなかった。


「さて問題です」


 仮面の男は唇の右端を吊り上げるようにして笑い、僕が持っている手紙を先に奪い取り、手紙を手の中でシャフルした。


「どっちが本物でしょうか? ハズレたら本物の手紙は燃やしてしまいますとも、えぇ」

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