第263話 現実だと追放される方がウザいのが普通だけど、物語では逆が多いよね

 俺の名はインリアン。

 ここ数日の記憶がない。


 確か酒場で王朝の女冒険者と飲み比べしたはずだが、そこからの記憶がまったくない。そして懐に忍ばせておいた銭袋もなくなっている。その代わりに握っていたのは酒場の領収書だ。


「大金貨八枚(約80万円相当)!?」


 古物商のミヒトに売っぱらった便箋の値段は大金貨一枚(約10万円相当)なので、全く足りていない金額を請求されたことになる。


「なんだこれ! ぼったくりじゃねぇか!!」


 憤慨したインリアンが行きつけの酒場に怒鳴り込んだが、店中の酒を飲み散らかした挙げ句に器物破損多数という蛮行を演じていたらしく「衛兵に突き出されなかっただけマシだと思え!」と店主からマジギレされてしまった。


「てめぇは残り大金貨八枚の借金だ。払えなかったらどうなるかわかってんだろうなクソッタレ!!」

「は? 大金貨一枚分は払っただろうが!」

「はぁ!? てめぇは一ジアも払ってねぇよ!」


 いやまて、ちがう。確かに払ってない。払えるはずがない。

 便箋を売り飛ばした金でいい宿を借りて娼婦を買って、それから酒場に来た。手持ちは中金貨五枚くらいだったはずだ。


「じ、じゃあ俺の金はどこに……」

「知るか! 今日中に払わなかったらてめぇはコレだ」


 店主は自分の首に親指を突き立てて真横に引いてみせた。


 インリアンは泥酔した後、何処とも知らない路上に転がっていた。手癖の悪い者が懐を漁っていたとしてもおかしくない。


「く、くそっ!」


 大金貨八枚はおいそれと稼げる金額ではない。


 それに冒険者ギルドに頼っても、草むしり一時間で大銀貨一枚(約1000円相当)くらいの仕事しか回してもらえないのは目に見えている。なんせインリアン自身には大した力がなく、勇者の血統として得た「バフアタッカー」という異能ですら仲間を助ける力であり、自分自身にはなんの効果もないのだ。


「くそっ、くそっ!!」


 手詰まりだ。

 こうなったら師匠のアラハ・ウィ先生から金を借りるしかない……と思ったが、神出鬼没な仮面男を見つけ出すだけで数日はかかってしまいそうだ。


「よぉよぉ兄ちゃん、シケた面してんなぁ? おぉ?」


 そこに絡んできたのは、カメアリと組んでいた荷物持ちポーターの大男ルイードと、ノームの義賊シルビスだった。


「なんだよ。あっちいけ!」

「兄ちゃん、酒場にツケ効かせたらしいじゃねぇか。しかも大金貨八枚も」

「うるせぇ!」

「あ、こんなところに白金貨が百枚も」

「!?」


 ルイードは手のひらの上で白金貨をジャラジャラと弄んでみせた。


 こんな小汚い男が持つには美しすぎる黄金色が宙で踊るのを見て、インリアンは一瞬のうちに「どうやって奪おうか」と考えた。

 どうにか貸し付けてもらおうとか、その金貨に値する仕事をさせてもらおうという考えではなく「奪う」と真っ先に閃いてしまった。そうでもしなければ大金貨八枚を今日中に払うなんて不可能なのだ。


『あれは大口の商取引でしか使わない金貨じゃねぇか! 白金貨一枚(約100万円相当)ありゃあ半年は遊んで暮らせるってのに、それが百枚!? な、何年遊べるのかもうわからない!』


 インリアンは残念ながら暗算ができない子であった。


 そんなインリアンの欲にまみれた眼差しを見たルイードがなにを思ったのかはわからない。しかしその顔を見上げたシルビスが「うわぁ、悪い顔してるわぁ」と小声で呟いたことからしても、なんらかの企みはあるようだ。


「この金、おめぇに貸し付けてもいいんだぜぇ?」

「マジか!」


 借りたものを返すつもりはない。田舎にトンズラすれば一生安泰の金額だ。


「ただ、やってほしいことがある」

「おう、何でも言ってくれ(高飛びするけどな)」

「ふふん……。実はな、東の彼の国じゃあスサノオがいなくなったせいで女達が暴動を起こしちまってるわけだ」

「おう」

「その女達が安心して暮らせるような地方都市を両国の間に作ろうかって話が取り交わされる予定なんだわ。資金は両国が折半するらしいぜぇ」

「おう……。って、なんでそんな話をあんたが知ってるんだ!? 国家機密どころの話じゃないぞ!?」

「まぁ聞けよ。その条約が結ばれる前に先んじて都市を作っておけば、両国から資金貰えること間違いなしで、ガッポガッポだと思わねぇか?」

「お、おう(話のスケールがデカすぎてついていけないぜ)」

「それに都合よく暗黒山脈の一部が吹っ飛んで王朝と王国をつなぐルートも出来ている。その辺りにいっちょドでかい街を作ろうって魂胆だ」

「おう」

「で、オメェに作って欲しい」

「おう―――無理だ」


 やれると騙して金を受け取ったらトンズラしようと思っていたはずなのに、絶対不可能な無理難題を聞いて思わず本音が出てしまった。


「都市建設? 暗黒山脈だなんて、あんな国の果てで? 無理にきまってんだろうが!」

「あんたならそれが出来る人材をどうやって集める?」

「はン! 俺だったら王国と王朝の職人どもを連れてきて、お互いの腕と技を競わせるね。職人ってのは意地の張り合いが好きだから、死ぬ気でやってくれるだろうぜ」

「ほう! 資材はどうする」

「そんなもん、暗黒山脈から切り出してくりゃいいだろ」

「ほうほう! 人や資材を運搬する街道すらないのに出来るのか?」

「冒険者ギルドが何のためにあると思ってんだ。金さえ払えば喜んでやる連中だろ。しかもなんのための都市かって、王朝で暴動を起こしている女達を受け入れるためだって? だったら女旱おんなひでりの男どもは顔色変えて飛びつく依頼だ。王朝の女はこのあたりじゃ見かけないエキゾチックな顔立ちが多いからな」

「おおー」

「それに冒険者を起用した資材と人材の運搬ってのは前置きだ。連中はそのまま都市防衛戦力へに転用できるから衛兵として常時雇用してやるんだ。そうしたら王朝の女達と家庭でも持ってその年に永住してくれる。都市ってのは人がいて経済を回してナンボだからな。こうしてふわふわしてた連中が住み着いて生活が安定することを前提に、衛生管理と行政も。ゆくゆくは王国と王朝の貿易の中間点として領地化して両国から爵位と俸祿をもらうか、独立国家になって通行税と貿易関税でがっぽがっぽ―――いや、やらないからな!!」


 ペラペラと喋っていたら、ルイードは感心したように拍手を送っていた。インリアンは慌てて「やらない! 無理!」と断固拒否の姿勢を示すがルイードはまったく聞いてくれなかった。


「あんたが陣頭指揮を執ってやってくれるんなら、酒場の借金は俺様が立て替えてやるし、ちゃんと都市が出来上がったらチャラにしてやる。この白金貨は都市建設の着手金だ」

「う……」

「もちろん追加予算もぶんどってやる。それも王国と王朝の両方からな」

「うぅ……」

「どうする? 追放されたクソ雑魚冒険者のてめぇが、元のパーティとは比べ物にならない人数の女達の為に大陸最大の貿易都市を建設するサクセスストーリーが目の前にぶら下がってるのに、尻込みするつもりか? 金も名誉も女からの黄色い声も、全部てめぇがこれからやることの結果で手に入るんだぜぇ?」

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「乗るしかないぜ、このビッグウェーブによ!」

「わかった!!」


 インリアンはバンと自分の両頬を叩いて、ルイードを睨みつけた。


「やってやろうじゃねぇか! ただし、都市の名前はこの俺、インリアンだ」

「OK。貿易都市インリアンだな。王妃にはそう言っとくわ」

「おう! ……おうひ?」

「ああ。あんにゃろうから俺が任された仕事だが、安心しててめぇに譲ってやるぜ。いやー、よかったよかった。クソめんどくせぇからどうやって逃げようかと思ってたところでよ。ガハハハ」


 ルイードは白金貨を王家の紋章が入った布袋に入れ直すと、インリアンに投げ渡した。


「ちょ、ま!」


 とんでもない重さに腰が抜けるかと思ったが、それをがっちり両腕でホールドしたインリアンに背を向けたルイードは、ひらひらと手を振って去っていった。


「無茶振り甚だしい!」

「だよね~」


 ルイードと共に去らなかったシルビスは苦笑している。


「だけどさ、あんたなら出来るってあのおっさんは見抜いてるみたいだし、いっちょ頑張ってみたら?」

「う、うるせえよ……」





 それから随分先の話。

 嫌われ者の追放者インリアンが一念発起して完成させた貿易都市インリアンは、王国と王朝の中間地点で大いに栄えた。


 醜女と呼ばれ王朝から爪弾きにされていた女たちは王国の男たちからするとエキゾチックな美女で、冒険者たちは次々に永住するようになったし、王朝の女達も新天地の暮らしやすさに満足した。


 そしてこの貿易都市を一代で築き上げた功労者インリアンの銅像は、中央広場の噴水として長きに渡って飾られ続け、延々と口から噴水を吐き出し続けたという。



「え、なんであの銅像は口から噴水出してるん? 偉い人の銅像なんだよね?」

「ああ。このインリアンって人は、酒場で飲み散らかしてずっと吐き続けたっていう逸話があってな」

「ひでぇ銅像だなwwww」

「こういうのを許す器量の広さがあったからこの都市が出来たってことさ」

「確かになー」


 旅人たちが必ず一度は話題に上げるインリアン像。


 当の本人が「やめろまじふざけんな!」と最後の最後まで抵抗したという話は、いつの間にか歴史の何処かで忘れ去られ、彼の偉業だけが残されたのであった。

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