第262話 ウザい冒険者(主人公)は本来の役割を取り戻したようです。わ
マデカ・ソシデ。
大陸東部の王朝で生まれ育った女冒険者で、等級は一等。
はるか昔に別の大陸から流れてきた「亜ヒュム種」の血筋を濃く受け継いでおり、王朝でも滅多に見られない彫り深い顔つきをしている。
その目元の濃さはカメアリから「地球で言えば西洋東洋のいいとこ取りみたいな美女」と評され、実際その美貌故に王朝の王侯貴族から寵愛の誘いも多い。だが彼女は男に媚びることを良しとせず、二刀の
そんな彼女も寄る年波には勝てない。
この世界の結婚適齢期を遥かに超え、三十前半まで齢を重ねてきて実感したのは、自分の肉体の限界だった。
引退の言葉が脳裏を過る。
これまでの稼ぎで人生を五回往復しても有り余る財はある。このままどこかの僻地に引きこもってもいいなと考えていた矢先、冒険者ギルドを通じて王朝から指名依頼が舞い込んだ。
【スサノオ様を連れ戻すための支援を乞う】
王朝守護神の一人であったスサノオ様が他国に出ていったという噂は耳にしていたが、それが現実だったとは。
確かにスサノオ様が通ったとされる暗黒山脈の一部は吹き飛ばされ、おかげで他国との往来がしやすくはなったが、この国がスサノオ様のどんな逆鱗に触れてしまったのかを考えると頭が痛い。しかも依頼者は王朝の高位貴族たちの連名ときている。絶対に碌なことではないだろう。
「国の一柱を失った貴族たちが寒心のあまりに依頼してきたんだろうが、神を一介の冒険者であるこの私がどうできるものでもあるまいよ……」
だが、連れ戻す理由はマデカ・ソシデが想像するより右斜め上だった。
【醜女による朝乱が起きそうだ】
「なんだそれ?」
依頼を詳しく紐解くと、根の深い話だった。
王朝は三百年に一度、スサノオを封じるための生贄に皇家直系の皇女を差し出していたが、スサノオが出奔したことによりその風習がなくなった。
それは喜ばしいことだろうとマデカ・ソシデは眉をひそめたが、実際はそうではなかった。
スサノオ様に捧げられる女は誰からも見向きもされない醜女ばかりで、しかも王侯貴族の中でも位が高いがゆえに性根が腐ってる女達の代表格「皇女」ときている。おそらくは「他に貰い手もないから生贄として捧げてしまえ」とやったのだろう。
であれば、スサノオ様が王朝を見捨てて他所の国に行ってしまった理由はおそらくそれだろうと理解できた。
だがスサノオがいなくなったしまったことにより、王朝のブス界隈は悲壮に暮れてしまった。
噂によるとスサノオ様はどんな醜女でも可愛がり、天寿を全うしたら神々の住まう高天原に連れて行ってくれるのだとか。それは皇女だけでなく王朝の全醜女の「心の拠り所」となる御伽噺なのだ。しかしその噂話の源泉たるスサノオ様が失われたことにより、醜女たちは夢も希望もなくなり、自暴自棄になった。そして―――朝乱が起きかけているのだとか。
「見た目で女の価値を判断する男たちに死の鉄槌を!」
「わたしを高天原に連れてって!」
「スサノオ様を呼び戻せよ、このくそったれども!!」
「ほんのこち、はがいか!!」
今も冒険者ギルドの通りを女達が行進してシュプレヒコールを叫んでいる。一人サツマ領の醜女も混ざっているようだ。
「……で、私になにをしろと」
【依頼内容は便箋を奪い取ることだ】
年齢的にも肉体的にもこれが最後に受ける依頼になる。それなのに一等級冒険者である自分が盗人の真似などできるかと憤慨する。
【これは国の威信をかけた任務である】
ここからが依頼の本編だ。
王朝を守護する最高神「天照大神」が王国王妃に対して高次元便箋を送った。それはスサノオ様が王国のウザードリィ領を統括しているミュージィ女侯と婚姻を結ぶことを許すという内容らしい。
【決してそれはスサノオ様の元に届いてはならぬ! 届けば王朝に戻ってくる目がなくなってしまう!】
高次元便箋とやらは、王国王妃のもとに届けられ、そこからウザードリィ領を統括しているミュージィ女侯の元に転送される。それを扱うのは王国の冒険者達だろう。
マデカ・ソシデへの依頼は「その便箋を奪って、天照大神の言葉をスサノオ様に伝えないこと」だ。その間にスサノオ様を説得する別働隊がウザードリィ領に向かう手筈になっている。
「ふむ」
少し考える。
外は醜女の行進が続いているが、中には小馬鹿にしてきた男を集団でボッコボコにする過激派の醜女もいる。この規模が大きくなれば本当に朝乱に繋がりかねない。
マデカ・ソシデは誰が見ても濃い顔の美女である。これがただの美女なら彼女たちに同調することもなかった。だが王朝には見られない顔つきの「亜ヒュム種」だけあって、数々の誹謗も受けてきたので少しは醜女の気持ちもわかる。だからこの依頼を受けることにした。
だが―――たかが便箋一つ奪うのにこれほど苦労するとは想像していなかった。
「王国の冒険者程度、造作もない」と思っていた自分を恥じる。
王朝には【稀人】がほとんどいないので知らなかったことだが、路地裏で相対した男は、彼女が戦った誰よりも強かった。
「ねぇ。知らないようだけど、この王国で稀人に危害を加えると普通の暴行罪より刑が重いんだよ?」
のほほんとした口調だったが、身のこなしからしてかなりの手練だった。回避したはずの一閃は彼女の顔を隠していたヴェールを切り落とし、あと少し深ければ鼻を削ぎ落とされていただろう。
便箋の行方を見失ってしまったマデカ・ソシデは、仲間の冒険者達とやけ酒をかっ食らうために酒場を訪れ、そこでも潰されてしまった。
『最後の依頼でとんでもない失態を演じてしまった。引退するつもりがなかったとしても、これでは引退せざるをえないな』
酔い覚めに水を頭から被りながら自嘲していると、ボサボサ髪の大男が、小柄なのに胸の大きなノーム種の少女と共に現れた。
「手紙なら稀人のカメアリってやつがウザードリィ領に持っていくところだぜぇ?」
「……それを私に教える理由は何だ?」
「あれしてこれしてそうすると、まぁみんなハッピーだからな。悪い話じゃねぇぜ?」
「全く意味がわからん。なんなんだ貴様は」
そう尋ねると、ボサボサ髪の大男は胸を張った。
「俺様はルイード。王国の熟練冒険者様だぜ」
「私はシルビス。このおっさんの飼い主よ」
「は? 飼い主は俺だろうがこの無駄飯喰らいが!」
「うっせぇおっさん! こんな美少女を横に侍らせていられるだけ幸せと思え!」
『なんなんだこいつらは。目的はなんだ?』
マデカ・ソシデは半月剣の柄に手をかける。
「今ならまだ追いつける。足は俺様が用意してやったぜぇ?」
ルイードが指パッチンするとマデカ・ソシデの顔に影が射した。
思わず頭上を見上げると、そこには悠々と大空を舞う巨大な鳥……いや、獅子のような体を持つ魔物がいた。
「俺様の親友、グリフォンのメエテルさんだ」
「……」
討伐等級は一等を超え、マデカ・ソシデくらいの冒険者が数十人必要だと言われる魔物を親友と呼ぶこの男の底が知れない。
「だが、気をつけろ。メエテルさんはかわいい子供に目がない。道中にコロポックル種がいたら親がいようが軍隊で守られていようがかならず誘拐しに行く。まぁ、誘拐した所で砂糖吐くほど甘やかされて愛でられるだけだからいいんだが、そんなことしてたら便箋はウザードリィ領に届いちまうからな」
「貴様に何の得があって私にあの魔物を押し付ける?」
「だから言ってるだろ。みんなハッピーになるためだぜぇ」
嘘くさい。だが、あんな魔物を従える男に何をしても無駄だと悟る。
「いいだろう。貴様の目的はわからんが、乗ってやる」
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