第261話 チョッコギチョコギチョッコッギィー(ウザっ)チョッコギチョコギー(ウザっ)チョコギチョッコッギー!(ウザっ)

 インリアンと王朝からやってきた女冒険者マデカ・ソシデが危険な酒飲み対決して二人共潰れたりしている最中【赤き鋼鉄の絆】は、やっと依頼の手紙を奪い返し、ウザードリィ領に向かってスタコラサッサするところだ。


「やばいな。時間がねぇぞカメアリ」


 盾戦士パウラがギリリと歯噛みするような表情で言う。


 依頼の期日は週末まで。あと二日でウザードリィ領に行くとしたら馬車どころか早馬で行く必要がある。


「乗り潰してしまうかもしれないけど、馬を買うしかない」


 そう言う斧戦士ルデリッサは「私は無理だけどね」と首を横に振る。背が百八十センチもあるし女性とは思えないほど筋骨隆々なので、その重量は早馬にとって足枷になるのだ。そして、それはドラゴニュート種で体格のいい盾戦士のパウラも同じだ。


「だとしたら小柄なイェニコルかモーネに……」

「女一人で辺境を走るなんて怖いにゃ」

「そうですよカメアリさん」

「……じゃあ僕が」

「「「「どうぞどうぞ」」」」

「えぇ……」


 現代の日本においては古典名人芸とも言えるこの流れはとあるお笑いグループのギャグで、カメアリが地球にいた頃にはなかったものだ。しかし最近やってきた稀人が流行させたらしく、王国内の飲み屋ではどこもかしこもこの流れが繰り広げられている。


「インリアンや王朝の冒険者たちが追いかけてくる可能性もあるだろ。ケツ持ちはオレたちに任せとけ」


 盾戦士パウラがニッと笑う。女性陣は結託したかのように頷く。


 配達を押し付けられた、もしくは信頼されて托されたカメアリは、苦笑交じりではあったが彼女たちに背中を任せ、厩舎に急ぐことにした。


 王国王都で明確に馬を売っている店などないので、厩舎で直談判するしかない。


 ここは王国最大の都とは言え、馬車や周辺領地への定期便などで馬を使うことが多いため、外壁沿いには厩舎がたくさん並んでいる。その中でもカメアリは冒険の旅に出る時によく利用している「鵞鳥クラブ」に赴く。ここは馬房が多く、足の早い馬や力強い馬など豊富な種類を用意してくれるのだ。


 翼を広げて今にも水面から飛び立ちそうな鵞鳥のロゴが入った厩舎群を見て回り、馴染みのスタッフと交渉してみたが、馬は決して安くない。


「おいくらで譲っていただけますか」

「うちのはみんな仕事で使うからなぁ。大金貨五枚でどうだい?」


 大金貨五枚の仕事で大金貨五枚支払って馬を買っては大損だが、指名依頼をしくじったら【赤き鋼鉄の絆】の名声が地に落ちる。


 うぐぐとカメアリが唸っていると、そこに前髪ボサボサの大男が巨乳で小柄なノーム娘と一緒にやってきた。ルイードとシルビスだ。


「よぉリーダー。馬を調達したから外門に来てくれや」

「馬を!?」

「おうよ。荷物持ちポーターの仕事は道具を揃える事も含まれるだろうがよぉ」

「有能!」


 ウザ絡みのルイードと呼ばれるほど冒険者たちから蔑視されているこの男ですら、仕事はきちんとしてくれる。いや、想定以上に痒いところに手が届く仕事をしてくれる。それに比べたらインリアンがいかに無能だったのかと今更ながらに舌打ちしたくなる。


 水や食料を準備させても、人数や依頼にかかる日数をちゃんと考えないから足りなくなる。何かあったときのために治癒ポーションを買うように頼んでも、期限切れの粗悪品を買ってきて残金は懐に入れる。一事が万事インリアンの仕事はお粗末だった。


「あのさリーダー」


 シルビスが頭を擦り付けるように近寄ってきたので、思わずカメアリは一歩引いた。普通の人間である彼からするとノームなどの有角種族は少し怖いのだ。


「それ、猫が頭を擦り付けて匂い付けするマーキングみたいなもんだから気にすんなリーダー」

「あたしを動物扱いすんなおっさん!!」

「無駄に当たりが強いんだよこんにゃろう! あの頃のお前に戻れ! もっかいなにかに取り憑かれろ!」

「んだとゴラァ!」


 喧嘩するほど仲が良いとも言うが、ルイードとシルビスは不思議な関係だなとカメアリは苦笑する。


「それでシルビスさん、なにか僕に言いたかったんじゃ?」

「あ。そうそう。あんた、とぶのとか大丈夫?」

「とぶ?」

「うん。このおっさんが用意した馬、結構とぶからさ」

「ああ、とぶ……跳ぶ、ってことか。馬には何回も乗ってるし多少跳ね馬でも問題ないよ」

「じゃあいいけど」


 それからカメアリは二人に案内され、王都の外に用意されていた「馬」を見た時、空いた口が塞がらなかった。


「跳ぶ」ではなく「飛ぶ」だった場合のことも想像して「翼の生えた馬……ペガサスという可能性も」と内心で予防線は張っていた。


 だがまさか、ダチョウが用意されていようとは。


「しまった。それとなく仄めかす流れだったのにこのパターンを考えていなかったなんて!」

「なに言ってんだオメェ」

「ルイードさん。僕はダチョウには乗ったことありませんよ! 馬じゃなくて鳥じゃないですか! ……いやまて、これはダチョウ、か?」

「バカタレ。これはダチョウじゃねぇ。チョコb……」

「それ以上はいけない」


 カメアリはルイードの言葉を遮りながらダチョウのような生き物を見上げた。


 ひよこのように丸くもふもふした可愛らしい黄色の身体は、一体どこに跨がればいいのかわからない。それでいて首はダチョウのように長く、頭は小さく鷲のような精悍な顔立ちをしている。

 なにより地面に踏ん張っている後ろ足が身体に似合わずごっつい。この足で蹴り上げられたらきっと死ぬ。


「これダチョウじゃないですよね」

「ダチョウじゃねぇっての。これはチョコギって生き物だ」

「絶妙に微妙に外しにきている感がするんですが」

「ウザードリィ領までこいつを使えばあっちゅうまだぜぇ?」


 本当だろうかと心配になるカメアリだが、他に手はない。ただ心配なのは……。


「これ、いくらで買ってきたんですか」

「タダだぜぇ」

「タダ?」

「そのあたりにいた野生のチョコギだからなぁ」

「野生って、簡単に人を載せてくれるんですか?」

「そのあたりはさっき死ぬほど調教しといてやったぜ」


 チョコギの精悍な顔がプルプル震えている。きっとルイードに怖いことをされたんだろう。


「ウザードリィ領まで行き道とかわかるんですかね」

「そんなもん、馬だってわかんねぇだろ。乗り手が方向を示すんだよ、乗り手が!」

「僕が……」

「デッテイゥ!」


 まるでカメアリが乗ることを小馬鹿にしたようなチョコギの鳴き声だったが、気にしないことにした。

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