第258話 ウザく見下ろす者

「ちくしょう。インリアンの野郎、どこにいきやがったんだ」


 ドラゴニュート種の盾戦士パウラは苦虫を噛み潰したような表情でインリアンの名前を吐き捨てるように言った。


 この世界では極一般的な、地球の人類と変わらない「ヒュム種」からすると、ドラゴニュート種は二足歩行する人型のドラゴンもしくはオオトカゲに見えるだろう。しかしパウラの表情筋はヒュム種と変わらないらしくその表情はかなり豊かだ。


 むしろ彼女の隣で大人しくお茶を飲んでいるサマトリア教会の修道女モーネの方が表情に乏しい。


「インリアンを見つけ出したら生皮剥いで中央広場の噴水の上に晒してやりたいところです」

「おま……、修道女がそんな怖いこと言うなよ」

「あら。修道女だからですよ。戒律に背いた背徳者は死ぬほど拷問されて当然です」

「怖いな! サマトリア教会めっちゃ怖いな!」


 実際モーネは憤慨していた。


 同郷の幼馴染だからと甘やかしてしまった部分もあるが仲間だった時のインリアンは傍若無人な振る舞いをし続けた。


 更にモーネを恋人認定し、束縛し、何度も関係を迫ってきた。モーネは「宗派的な戒律がちょっと」と言い訳をして避けたが、それは仲間の関係を崩してしまわないようにという精一杯の譲歩であり、本来ならモーニングスターでインリアンの顔面と股間をぶち抜きたかった。なんせモーネはカメアリのことが好きなので、インリアンのことなんて耳たぶの産毛くらい気にしていない異性だったのだ。


 そして追放後には依頼品を盗むという最悪の嫌がらせをしてきた。手紙を取り返すために王都を走り回って疲労困憊になってしまった今このときですら腹立たしい。


「インリアンを見つけたら殺しても神は許してくれるはず」

「あんたの神は許すかもしれないがギルドと王国の法律は許さないだろうよ」


 俺様キャラなのに意外と真っ当なことを言うパウラに、モーネはキョトンとして顔を向ける。


「なんだよ」


 六本ある指先を机に当て、タラララララと音立てるパウラ。


「今気がついたんですが、インリアンは手紙を……」


 そこまで言ったモーネは、ハッと気がついて声を潜めた。ここは冒険者ギルドであり、指名依頼を出してきた受付統括のカーリーもいる。依頼した手紙を盗まれたと知られたら大変だ。


(インリアンは手紙を盗んだらそれを売り飛ばすと思うんです)

(お、おう。急に小声でどうした?)

(ギルドの受付に聞かれたらまずいでしょう?)

(確かに。で、インリアンが?)

(そう。インリアンは手紙を売り飛ばすと思うんです。そしたら絶対豪遊するでしょう。繁華街を見張っていれば必ず出てきます)

(なるほど。後はのこのこ出てきたインリアンをふんじばってどこに売り飛ばしたのか確認すりゃいいんだな)

(そういうことです。闇雲に探し回っても疲れるだけですし)

(だけどよ。オレはいいとしてもモーネは修道女だぜ? 繁華街に行ったらマズくないか?)

(酒と金と淫欲にまみれた子羊たちを救うために繁華街で説法したこともあります。大丈夫ですよ)

(そ、そうかい)

(ちなみにインリアンが行きそう店は「ワクワクソンゴクウ」ですね)

(そこ、もう閉店してるぞ?)

(……ま、まぁ、あのあたりをウロウロしているはずですから)

(よっしゃ!)


 二人は強く頷き合ってギルドを出た。


 その様子を二階の踊り場から睥睨していた受付統括のカーリーは、相変わらずの鉄面皮を崩すことなく、天使だけが使える高次元周波で王妃にテレパシーを送った。


『ミカエル。あなたが依頼した便箋は盗まれたようです』

『……ガブリエル。それはギルドの怠慢がすぎるのではないか?』

『ルイード様が加わったパーティに依頼しています。問題ないでしょう』

『そうか? 妾には問題しか思い浮かばないんだが』

『いざとなったらルイード様がスサノオの首を王朝に持っていくか、もしくは王朝を焼き払うことでしょう。あの御方はこの国がお好きですから』

『それはそうだろう。この妾の国なのだから』

『は? 私がいるからですよ。なに調子に乗ってるんですか』

『そうやって貴様やラファエルやウリエルと殴り合いした結果、神に怒られて人の姿に堕ちたのだぞ。不毛な真似はやめろ』

『別に人としての生き方も嫌いではありませんよ』

『それはまぁ同意するが……。今頃天界では妾達に代わって別の四大天使が擁立されていだろうし、戻るべきところはないのかも知れぬな―――ってごまかされるか! なんとしてでも便箋を取り戻してミュージィ・ウザードリィ女侯に届けよ! わざわざ王朝と戦争するのは面倒だ!』

『そうですね。東の神々は面倒です』


 脳内電波での会話を打ち切ったカーリーは、誰にも聞こえない小声で「ふぅ」と漏れた溜息を噛み殺した。

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