第257話 ウザいオークションは終わりだこんにゃろうども!

 出品ナンバー2、連合国で捕まえた透明な魔族の少女。


 出品ナンバー3、どんな堅物でもこれを嗅ぐと「おほほほ♡」となる人鹿族の麝香。


 出品ナンバー4、帝国の二重人格の貴族から入手した◯ヌスの鏡。


 出品ナンバー5、別大陸の魔導王が愛する不老不死の酒 シャルトリューズ


 出品ナンバー6、冥界での生活の仕方を指南した「死者の書」


 出品ナンバー7、異世界の扉を開き超越者ゴッド◯ンドを呼び出す卵型のキモい顔


 闇のオークションには一般的なオークションでは決して出回らない「いわくつきの品」が並ぶ。仮面で素性を隠した酔狂なる者たちは、それらを手に入れようと大枚を叩く―――のがいつもの光景だが、今回は空気が違う。


「落札」

「落札」

「また落札!」


 どの品も、前髪がボサボサで顔が隠れている大柄な男がとんでもない金額で競り落としていく。


 その隣にする愛娼のような胸のでかいノームは呆れ顔をしているが、オークションの参加者たちはその数万倍呆れた顔をしていた。


「普通、一度でも競り勝ったなら、他の者に譲るのがマナーだろうに」

「あんな大金を持っているようには見えないんだが」

「あのノーム、かわええ」


 参加者たちは不平不満を仮面の下に浮かべているが、ミヒトとしては「しめしめ」と緩んだ口元が戻らない。こんな機会は滅多にないので「手紙」を大金で買い取ってもらおうという魂胆だ。


 そして自分がステージに出る番になった。


「こちらにあるのは何の変哲もない手紙です。ですが、これは王朝と王国の戦争の引き金になりかねない機密文書です。御覧ください、この封筒には王国王妃の蝋印がありますね。この中にも便箋が入っており、透かせば王朝の蝋印があることがわかります」


 淡々と説明するが客の食いつきはイマイチだ。


単眼種モノ・アイの私だからもっと詳しく透視することが出来ました。その内容は、スサノオ様の返還を求む。返さない場合は戦争も辞さない、という過激な文書でした」


 客席が静かにざわめく。


「王妃は自分たちで解決しろという手紙を添えて、ミュージィ・ウザードリィ女侯爵に手紙を転送しようとしていました」

「みなさんも御存知の通り、女侯は王朝の神人スサノオ様と結婚されていますし、女侯の領地は王国で一番発展しているダンジョン領です」

「そこに世界各地から集う冒険者は数知れず。王朝の正規軍全力を以てしても勝てるかどうか」

「しかしこの戦争の火蓋が切られるかどうかはこの手紙次第」

「戦争の火種を巻いて利益を得るも良し、女侯に恩を売るも良し、使い方とその価値は、落札者の頭の良さ次第ということになりましょう」


 最後に煽るような一言を付け加えて一礼すると、客席からワッと声が上がり、次々に落札価格を表すハンドサインが繰り出される。


 ミヒトは客席を見回しながら大男の出方を待った。


『できるだけ値を吊り上げてからやつのサインを受け取らねば。それまでは無視しておこう』


 しかし、値段はどんどんつり上がっていくのに、大男は微動だにしない。


『なんだ、と……。動かないのか!?』


 やがてハンドサインは疎らになり、このオークションが終わりそうになった頃、ようやく大男が手を上げてサインを出した。


「キターーーーーー! って、なんだそのサインは?」


 このオークションに中指を突き立てるようなサインはない。


「よぉし、おめぇら十分楽しんだな?」


 大男はコキコキと首の骨を鳴らすと、指を弾いた。


 するとなにもない石壁に渦ができて、そこから白銀の鎧を着た王国憲兵隊の猛者たちがわらわらと出てきた。


「この場にいるものは全員逮捕だ!!」


 憲兵隊長が吠えると同時に会場は大混乱に陥った。


 ここに参加している貴族たちからすると、自分の素性がバレたらお家取り潰し間違いなしなので、必死に逃げようとする。しかし石壁から続々現れる憲兵隊から逃げられるわけもない。


「ひっ」


 ミヒトは手紙を持ったままステージ横に走り去った。


「憲兵の旦那。俺が払った金は後で返してくれよ」

「無論。王妃様からくれぐれも怒らせるなと勅命を受けているからな。活躍痛みいる、冒険者ルイード殿」

「なぁに。もののついでだ」


 そう言うとルイードはミヒトが逃げた先に視線を飛ばし「ででん・でん・ででん」と謎のBGMを口ずさみながら稀人伝来の日除けメガネサングラスを取り出した。


「なにそれ」


 シルビスがアホを見る目でルイードを見上げる。


「追跡者になった気分を高めるためだ。男のロマンが分かんねぇやつだな」

「しらないよ、そんなの」

ターミネーター終結させるものって知らねぇか?」

「たーみねーたー?」

ターミナル終着駅ってあるだろうが。あんなかんじのやつだ」

「全然意味わかんない。そんなことよりあんたが買い取った奴隷はどーすんのよ」


 裸に剥かれた体に布をかぶせた兎人種ラーツの美女と美少女たちが、すがるような眼差しでルイードを見ている。


「金を取り戻したらそいつらに渡して自由にさせてやんな。行き場がないのなら特区のフィットネスジムに行けば、誰かが良くしてくれるだろうよ」

「うわー、買い取っておきながら放置? サイテー」

「買い取ったっていうポーズだ、ポーズ! とにかく俺は手紙を追いかけなきゃならねぇから、後はおめぇに任せたぞシルビス」

「わかったわよ。ほら、あんたたちはこのおっさんに助けてもらったんだからお礼くらいしなさいよ」


 兎人種ラーツの女三人は大きく長い耳をピコピコさながら頬を赤らめた。




 ■■■■■




 僕はカメアリ。


 地球(戦後昭和の日本)から転生してきた稀人。そして配達依頼を受けた手紙をインリアンに盗まれたので、今必死に追いかけているところ。


 半鬼人種ハーフオーガの斧戦士ルデリッサと王都の西側を探索しているけれど、インリアンは見つかっていない。


【赤き鋼鉄の絆】の仲間たちも王都のあちこちでインリアンを探しているはずだけど、このまま見つからないと本当にヤバい。


 なんせ冒険者ギルドからの指名依頼に失敗したことになるし、依頼人はこの国の王妃様だから、ただでは済まない。インリアンが出来る嫌がらせとしては最高にして最悪のパターンだよ、まったく。


 しかも大陸東方にある王朝の冒険者たちも手紙を狙っている。彼らは熟練冒険者らしくチームプレイも見事だし、僕が対峙した半月剣シャムシール二刀流の美女なんて実力的には二等級、いや一等級かもしれない。


「カメアリだにゃ!」


 猫人種フェルプールの魔法使いイェニコルが合流してくれた。


 しかし二人が三人になったところで事態は好転しない。


「ただの配達依頼がこんなに困難だなんて思っていなかったにゃ」


 イェニコルの使う語尾の「にゃ」は意識してつけているらしい。


 これは結構昔にやってきた稀人が「猫人なら語尾は『にゃ』をつけたほうがいい!」と熱弁し、確かに人当たりが良く聞こえるという結果も伴って慣習的につけているものなんだそうだ。


 僕としてはあざとすぎるので、そんな語尾つけなくてもいいと思うけど、長年染み付いた口調なので直せないと言われたこともある。


「どうするカメアリ」


 半鬼人種ハーフオーガの斧戦士ルデリッサは眉尻を下げている。この顔は「もう無理だ」とでも言いたそうだ。


「諦めるわけにはいかないからね。インリアンが行きそうな所を一緒に探そう。それと王朝の冒険者には気をつけて」


 その時、一区画先をむさ苦しい大柄のおっさんが横切った。あれはルイードさんだ。サボってるのかと思ったけど、ちゃんと探してくれていたんだな!


「ルイードさん!」

「んあ?」


 僕が駆け寄ると、前髪ボサボサのウドの大木みたいなルイードさんは、顔やら首やらにたくさんのキスマークをつけた顔で僕を見下ろしてきた。


「……インリアンを探してくれているんですよね?」


 どう見ても娼婦宿でハッスルした後って感じはするけど、性善説に基づいて聞いてみる。


「カメアリ、このおっさんキスマークだらけだにゃ」

「昼間っから大層なゴミ分、いや、ご身分だな」


 女性二人の白い眼差しに耐えられなかったのか、ルイードさんは大きく首を横に振った。


「ばか、ちげぇよ! これは俺様が助けてやったうさぎたちがお礼っつって―――そんなことより手紙を探してるんだったら、あいつが持ってるぜ」


 ルイードさんはスタコラサッサと走り去っていく単眼種の男を指さした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る