第256話 闇オークションにウザく参上!

 表向きはラーメン屋の店主。裏では地下古物商を営んでいる単眼種モノ・アイのおっさん―――ミヒトは、少し浮かれていた。


 物の価値がよく分かっていない若造インリアンが彼のところに持ち込んだ品は、王朝から王国王妃に宛てた手紙で、ただの私信なら大した価値もない。


 だが、ミヒトが透視した内容は「スサノオ様の返還を求む」「返さない場合は戦争も辞さない」という過激なものだった。


 それに対して王妃は「貴殿の実家から脅されてけど自分たちで解決しろ」という手紙をさらに添えて、ミュージィ・ウザードリィ女侯爵に手紙を転送している。この女侯は王朝では神人扱いされているスサノオ様と結婚されて、王朝とのパイプも太いという噂だ。


 どういう理由で王朝がスサノオ様を取り返そうとしているのかまでは文面から読み解けなかったが、実のところミヒトは手紙の内容を殆ど読めていた。手紙の内容がわかっていないインリアン相手だったので、よくわからない振りして安く買い叩いたのだ。


『戦争勃発の火種になりかねないこの手紙の価値は計り知れないぜ』


 ミヒトはインリアンに大金貨一枚10万ジア(10万円相当)しか渡さなかったが、これの価値はそんなものではないと踏んでいる。


『こいつが高値で売れたらうちの店舗展開も捗るってもんよ』


 ミヒトはわざわざウザードリィ領のダンジョン最深部に行ってラーメンの修行をした。その厳しい修行の成果は、繁盛しているこの店の様子からも分かるが、もっと儲かりたいという欲もある。だから手紙を売り飛ばして店舗を増やすつもりだ。


 地下からラーメン屋に上がり、雇っている従業員に「店は任せたぜ」と言い残し、人の目を気にしながらこそこそと裏路地に入る。


 王都の西側はルイード特区になる前はスラムだった。だから今でも人の気配がしない路地がたくさんあり、そこには王国の法も秩序も及ばない世界が広がっている。


 以前までは闇に隠れることなく大手を振って威張り散らしていた「闇ギルド」は最近あちこちで粛清されて鳴りを潜めているが、それでも消滅することはない。そこでこの手紙をオークションに掛けたら一体幾らの値がつくか、楽しみで仕方ない。


 闇ギルドのオークションは品さえあれば毎日夕方に開催されている。今エントリーすれば今日の出品に間に合わせることができるだろう。


「くひひひ」


 単眼を細めながら路地を何度も曲がり、いくつもの建物の中を通り抜け、しまいにはマンホールから地下に戻り、やっと目的の闇ギルドオークション会場に到着する。


「あんたか」


 受付をやっているゴロツキが目をしかめる。


「出品で頼む」

「手数料は落札価格の30%だ」

「チッ。わかってる」


 30%も闇ギルドに横取りされるのはここは闇ギルドの庭であり、そこで商売するのだから致し方ない。


「で、ミヒトの旦那。今日は何を持ち込んだ?」

「手紙だ。しかも戦争の火種になるかも知れない王朝と王国の王族同士のな」

「そいつは……。買い手がいると思うか?」

「闇ギルドのオークションにはお貴族様も正体隠して参加してるだろ。奴らは手柄に飢えているはずだ。きっとこの手紙を競り落として王妃に献上するだろうよ」

「確かに今日も何人か貴族っぽいのが混ざっていたな。せいぜい高値で落とされるように頑張りな。俺たちはその上前がもらえたらそれでいい」

「ふん。最近の闇ギルドは謙虚なこったな」

「闇ギルドが脅威だった時代はとうの昔ってやつさ。今じゃ目立つとサクッと潰されるからな」


 受付のゴロツキはミヒトに8の字が書かれたプレートを差し出すと、手をひらひらと動かして「入れ」と合図した。


 ここのオークションに競売人オークショニアはいない。普通は競売人が出品者の代わりに商品説明をして、競りを煽るものだが、ここでは出品者自らそれをやるのだ。


 大して広くない下水道の管理部屋は、到底オークション会場にふさわしくない。一応ビロードの幕を無機質な壁にかけて高級感を演出しているようだが、ここに至る道程を考えるとまさに「アンダーグラウンド」でダーティーなイメージが拭えない。


 しかし所狭しと椅子が並べられ、それがほぼ満席なのは、ここでしか出品されないような品が多いからだ。


『まだオークション開始時間じゃないってのにどいつもこいつも酔狂なこった』


 ミヒトは金持ちがいるかどうか微かに見回す。


 身なりからして成金や貴族っぽいのが何人かいるが、あれは大した金持ちではない。


 こんな場所にまで来る貴族というのは、世を忍ぶ仮の姿を装い、平民服を着ている場合のほうが多い。むしろコスプレ的な感覚で平民気分を楽しんでいるのだ。そしてそういう貴族の方がオークションでは熱くなり、欲しい物があったら天井知らずで金をぶつけあうような輩と化す。


『どれどれ……』


 会場の一角に前髪がボサボサで顔が隠れている大柄な男がいて、その隣には愛娼のような胸のでかいノームもいる。ミヒトは直感的に「あれは金持ちだな」と理解した。


 大柄な男の身なりは一見すると随分小汚い山賊風だが、その革鎧は大地龍ワンイボの龍皮だし、その鎧の上から羽織っているベストは走獣王シャオジャンから剥ぎ取った毛皮だ。この二つだけでも王都の中央に館を一戸持てる金額になる。


『俺だって伊達に古物商じゃねぇんだ。あいつが金を持ってることはバレバレだぜ』


 さらに隣に侍らせている巨乳ノームはきっと性奴隷だ。


 顔立ちは良いし背は低いのに体つきはエロエロしい。まさに男たちが理想とする性奴隷のあるべき姿だ。闇ギルドのオークションで競り合えば相当な高値になるだろう。それに性奴隷に首輪も奴隷紋も付けずに自由にさせているのは、あの大男の金の力に抵抗できないからだとしか思えない。


 ミヒトは胡散臭い無頼者にしか見えない大男が、この中で一番の金持ちだと看破した。


「少し早い時間ですが、オークションを行います」


 競売人はいないが仕切る司会はいる。どう見てもそのあたりのゴロツキが借りてきた燕尾服を着ているだけの司会だが、いないと事が進まない。


「まず出品ナンバー1。ステージにどうぞ」


 奴隷商らしき人物がステージに女を三人並ばせる。王国内では珍しい希少種族「兎人種ラーツ」で、どれも見目麗しい美女か美少女だ。


 奴隷商は軽快な口ぶりで三人の種族がどれほど珍しいのか語り、捕獲する苦労まで訴え、そこそこの値段を口にした。


 客席でハンドサインが飛び交うが、奴隷商はその金額では満足していないようで、ついにはズタ袋のように被せていただけの服を奪い取り、全裸を示して価値を上げようと手をかけた。


「おい、こっちを見ろクソッタレ」


 ミヒトが目をかけていた大男がハンドサインを出している。


「お、お客さん。三人全員まとめてその金額ですか」

「馬鹿野郎。一人分をコレで、三人全員もらっていくってことだ」

「ほ、他にあちらを超える方はいますか? いませんよね! 気が変わらないうちに落札とさせていただきます!」


 奴隷商が慌てて終わらせる。今飛んでいった金額はミヒトのラーメン屋なら十年かけても稼げない額だ。


『俺様の目に狂いはなかった。あいつは正真正銘の大金持ちじゃねぇか』


 愛娼ノームが奴隷の女たちを引き取り、大男が何処からともなく金貨の詰まった袋を取り出して奴隷商に手渡す。


『なんだあいつ。どこから袋を出した? 稀人どもみたいに空間収納を持ってるのか? いやいや、あんな胡散臭い稀人はいない。俺に見えないところに魔道具を持っていたのだろう』


 昔、便利そうな空間収納を魔道具なしで使えないかと賢者たちに訊ねたことがあった。しかし魔道具なしでそれを実現できるのは稀人や勇者だけだと結論が出た。


『そもそも魔道具の空間収納だって一部の稀人じゃないと製作できない代物で、どんなに小さくてもかなり高額だ。やっぱりあいつは大金持ちに違いないぜ』


「出品ナンバー2。ステージにどうぞ」

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