第255話 手紙の行方はウザい彼方に

 両手に持つ二本の半月剣シャムシールを、頭上と腰下の上下で構えるアラビアンナイト風の女戦士。


 中東系の濃い目つきは日本人の僕からすると感情が読みにくい。


 口元や眉が見えるのなら多少は推察できそうなものだけど、彼女はターバンのような巻物で目元以外を隠しているのでそれですらわからない。


 こういうタイプって無感情に人を殺せそうだなぁ。嫌だなぁ。


 僕は全く使い慣れていない短剣を二本構えて対抗しているけど、武器の長さからして勝てそうにない。


 今の打ち込みを躱せたのも、僕が常人より高い身体能力を持っていたからに過ぎない。普通だったら上半身と下半身がグッバイしていたはずだ。


 ここは僕が一番得意な話術で動揺を誘うしかない!


「ねぇ。知らないようだけど、この王国で稀人に危害を加えると普通の暴行罪より刑が重いんだよ?」


 稀人は国家財産だ。


 この世界の人々では成し得ない高みまで成長するステータスや、どんな国の言葉でも理解できる翻訳能力、彼らが言う所の「異世界チキュウ」の知識など、稀人がこの世界に与える影響は大きい。


 だからどの国でも稀人は保護対象になっている。


 なかなか稀人が出現しない北の帝国なんて、わざわざ王国までスパイを潜り込ませて誘拐するらしいし。(誘拐されても帝国での稀人の待遇は下手な貴族より良いらしいけど)


「……」


 女戦士は無言で殺気を張り詰めている。嫌だなぁ、こういう生粋の暗殺者タイプ。僕の話なんて聞いてもいない。


 しばらく睨み合っているけれど、こうしている間にインリアンは遠くに逃げてしまうし、王妃様から依頼された手紙を王朝の冒険者に奪われてしまうかも知れない。まったく余計なことをしてくれたものだよインリアンは!


「シッ!」


 短く空気を吐き捨てるような音を出しながら女戦士が攻撃を仕掛けてきた。なにその「シッ!」って声。武芸の達人みたいな雰囲気出すの勘弁して欲しい!


 なんとかギリギリ限界の動体視力と反射神経で回避したけれど、僕の頭上と鼻先を半月剣シャムシールが掠めていく。


 死んでいたかも知れない容赦ない攻撃にカチンときた僕は、思わずカウンター気味に短剣を繰り出した。しかし相手も僕の反撃を予想していたのか、簡単に避けられた。


「!?」


 ひらりと彼女の口元を覆っていた布が落ちる。手応えはなかったけれど、僕の打ち込みは僅かばかりに届いていたらしい。


 僕は彼女の全貌をしっかり見た。


 目元の濃さからして地球で言えば中東アラビア諸国の女性をイメージしていたけれど、目元だけ出したブルカに似たヴェールの下にある顔は、西洋東洋のいいとこ取りみたいな美女だった。


「くっ!」


 女戦士は僕を一睨みすると顔を隠しながら路地を器用に走り去っていった。


 うわぁ。驚くほどの美人だった。呆けて追いかけることも忘れてしまったくらいの美女だ……。


 一見ヒュム種っぽかったけど、いろいろ隠れていたのでわからない。地球の場合は同じ人間でも暮らす土地柄で人種が違うけど、こっちの世界は人種どころか種族が違うから、一見ヒュム種に見えても耳が長かったり、どこかにつのとかしっぽがあったりするし。


 甲高い口笛が耳朶を打った。


 振り返ると路地の入口でルデリッサと戦っていた男たちが散って逃げて行くのが見えたし、もしかするとさっきの美女戦士が口笛で撤退を指示したのかも。


 なんにしても助かった。あのまま戦っていたら僕は殺されていたかも知れない。しかしあんな美人に看取られるのならそれはそれでアリかなと思ってしまう僕がいる。いかんいかん。


「……今の、なにかの合図かな?」


 ルデリッサがやってきた。返り血も傷もないようだし、派手に斬り合うほどの戦いはなかったみたいだ。さすがに街中だし相手も目立つ行動はしなかったんだろうね。


「カメアリ、大丈夫!?」

「僕は大丈夫。だけどやばかった」

「タイマンしてたのは見えたけど、もしかしてカメアリと互角の相手だったの?」

「互角どころか負けそうだったよ」

「……王朝の冒険者、侮れないわね」

「あんなのに襲われたらインリアン程度の雑魚はイチコロだし、手紙を奪われたら取り返せる望みはないね。なんとしてでもインリアンを捕まえないと!」




 □□□□□




 俺の名はインリアン。勇者の血を引く選ばれしエリートだ。


 特殊能力スキル「バフアタッカー」で恩恵を与えてきたというのに、無慈悲にも追放されて幼馴染みや仲間の女達は稀人のカメアリに奪われてしまった―――そんな裏切り者たちだけど、情がなくなったわけじゃない。


 だから俺はカメアリから手紙を奪い取ってやった。これは嫌がらせのためじゃない。


 王朝から来たっぽい凄腕の冒険者たちに絡まれていたカメアリたちを見て、俺にはすぐわかった。


 カメアリたちは殺される、と。


 だから奴らが欲しがっていた手紙を奪い取り、その場から逃げることでカメアリたちを助けてやったんだ。もう一度いうが嫌がらせのためじゃない。


 しかし、どうして俺様が追放した連中のために命張ってやらなきゃならないんだ、と逃げながら思ってしまった。いくら情があってもこの大事な命を張るほどじゃないだろう、と。


「へい、らっしゃい」


 前まではスラムだったが今では稀人たちの居住区になっている「ルイード特区」には、今でも後ろめたい店がひっそり残っている。


 俺が訪れたこの店は、まさにソレ。後ろめたい店ってやつだ。


 表向きはスープに浸したパスタのような「ラーメン」という一風変わった食事を提供する店として稀人たちから贔屓にされている。しかしトイレ横にある掃除道具入れの床をめくり、狭くて急勾配な階段を降りると、そこは収集家向けの表に出せない品を取り扱う「地下古物商」になっている。こっちが後ろめたい裏の顔だ。


 優秀な冒険者ともなればこういう光の当たらない世界にも通じているもんだが、品行方正なカメアリではこんな店があることも知らないだろう。それではパーティのリーダーなんて務まらないぜ、まったくよぉ。


 俺が他の客に見つからないように「地下古物商」に降り立つと、一人しか入れない狭いカウンターの中から大きな瞳がギロリと睨みつけてきた。


 地下古物商の店主、単眼種モノ・アイのおっさんだ。


「上の店は随分羽振りが良さそうじゃないか」

「あったりまえだ。こちとらわざわざウザードリィのダンジョン最深部まで行って修行してきた身だからな!」


 上のラーメン屋の方が儲けが良いだろうに、今も古物取扱いしているところからして、完全にこの単眼おっさんの趣味なんだろう。


 で、俺がここで何をするかっていうと、当然この手紙を売り飛ばすつもりだ。カメアリたちの命は俺様が救ってやったんだ。文句は言わせねぇ。


「しかしインリアン。久しぶりに来たもんだな」

「いろいろあったんだよ」

「聞いてるぜ。女ばかり集めたハーレムパーティを後から入れた小僧に盗られて追い出されたそうじゃないか。ザマァだな」

「……」


 俺を凝視する一つ目が単眼種モノ・アイの特徴だが、この種族は目が一つしかないせいで距離感を掴むのが苦手だ。それに加えてこのおっさんは心の距離感と他人との距離感も掴めないときている。


「ふん。ザマァするのは俺様のほうだ。そんなことよりこいつを買い取ってくれよ」


 懐から手紙を出して手渡すと、一つ目のおっさんはそれをしげしげと眺めた。


「随分と上等な紙を使った封筒じゃねぇか。しかも王国王家の蝋印がしてある……いや、封筒の中にもう一つ封筒が入ってるだと? しかも手触りからして中の封筒の蝋印は王朝のものか?」


 すげぇな。触っただけでそこまでわかるのかよ。そのデケェ目ン玉いらねぇんじゃねぇか。


「どうだいおっさん。国家を跨ぐ機密文書だぜ? 高値で買い取ってくれるよな?」

「そう急くな。誰が差出人―――王妃、だと……」

「え、そうなのか?」

「封筒の裏面にサインがしてあるだろうが。インリアンは文字が読めないのか?」

「そんなナナイロミミズが這ったような筆記体、読めるやつは貴族かあんたくらいのもんだ」

「ふん。どれどれ、中の封筒を透かして見よう―――ふむふむ。王朝の帝からウザードリィ領のミュージィ・ウザードリィ女侯……いや、その婿養子に入ったスサノオ宛の手紙か。ってことはインリアン、お前は貴族同士の手紙を掠め取ってきたのか」

「うるせぇな! いくらで買ってくれる?」

「急くなと言っとるだろうが。俺の単眼なら二つの封筒を透かして中の手紙も読める。それで価値を確認してやる」


 単眼の店主は燈台に近寄って封筒を傾けたりなんたりと、開封せずに中身を見ようと苦心し始めた。


「なるほど、わからん」


 おもわずズッコケそうになった。文字は透かせたらしいが王朝の言葉なので解読できないらしい。


「俺が知っている単語だけ読むと『戦い』って書いてあるようだ。もしかするとこの手紙が届かなかったら、大陸全土が戦火に巻き込まれる、とかじゃないだろうなインリアン」


 それほど大事な手紙の配達を一介の冒険者に依頼するだろうか。しかし王朝の冒険者達が狙っていたところからして、重要度としては有り得る話でもある。


「ふん。そんな大事なものをカメアリ風情が依頼されるわけないだろ!」


 言葉では否定しているが、俺の内心は「カメアリの分際でこんな大仕事を依頼されやがって!」と煮えたぎっている。


「なんだ、自分のパーティを寝取った稀人から盗んできたのか。かーっ、せっこいのぅちっこいのぅ。実力で見返そうとは思わんのか、お前は」

「う、うるせぇ」

「まぁそれほど大事な手紙なら、複数枚配達していることだろう。それでもこいつは後の歴史家が喉から手が出るほど欲しがる品に化けるかも知れないな」

「だろ!? 買い取ってくれるよな」

「いいだろう」

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