第254話 表現世界のウザい境界線

 僕はカメアリ。インリアンに手紙を盗み取られてしまったマヌケだ。


 さて困った。


 この広い王都の中でインリアンを見つけるのは不可能に近い。


「手分けして探すしかない。東のギルドに夕刻の鐘で待ち合わせよう」


 僕が指示を出すとみんな頷いて散っていく。


 ルイードさんとシルビスは面倒臭いって表情をしながらてくてく歩いていったけど、あれ、絶対に酒場でサボると思う。


 ドラゴニュート種の盾戦士パウラは北、猫人種フェルプールの魔法使いイェニコルは西に向かい、サマトリア教会の修道女モーネは南を探すことになった。


「ルデリッサは?」

「私はこの辺りをカメアリと一緒に探す。インリアン風情がそんなに遠くに行けると思っていないし、あのチンピラたちとの遭遇率も高そうだからこの辺りの探索は二人一緒に動いたほうがいいわ」


 斧戦士のルデリッサはクールだね。鬼人種オーガは情に厚い種族らしいけど、彼女はヒュム種とのハーフだから現実主義に育てられたのかもしれない。


 僕がいた時代の日本では「男は勢いと熱血、女は強気で愛嬌」がモテる風潮だったけど、彼女のようなタイプはあまりいなかったなぁ。


 僕は若大将や裕次郎みたいな熱血ではなかったので全然モテなかったけど、もしも彼女が僕のいた世界にいたら、きっとモテモテだと思う。


 ルデリッサは身長も高いし筋骨隆々だから背が低くてヒョロい日本男子は横に並ぶのを嫌がるかもしれないけど、その見た目で実は乙女趣味というギャップがいいし包容力もある。普段は熱血ぶっている男たちが母性を求めて「抱いて!」と言い出しかねないクールビューティーだ。


 それでなくても小柄な僕が横に並ぶと蟻と象みたいなもので、通行人たちの視線は全てルデリッサに集まる。


 正確には彼女の胸元に男たちの視線が集まっているわけだが、きっと彼女のロケットおっぱいに目を奪われるんだろう。


 この世界は巨乳の代表格であるノーム種の女性はもちろんのこと、殆どの種族で女性の胸は大きい。日本人的に安心する慎ましい胸元はエルフ種や生涯幼児体型のままなコロポックル種くらいのものだろうか……。


 そんな胸の大きな女性たちの中でも、ルデリッサの前に突き出たロケットおっぱいはとにかく目立つ。この世界にはブラジャーというものがそれほど普及していないので、体型補正はされていない。それなのにこの張りを保持しているということは、大胸筋やクーパー靭帯がヒュム種と違って凄いんだろう。


 おっと。頭の中がルデリッサのおっぱいのことで埋め尽くされかけていたけど、僕たちはインリアンを探している最中だった。


「彼はあの手紙をどうするつもりだろう? ただ僕たちの依頼を邪魔するための嫌がらせなら、単純明快でいいんだけど……。いつの間にか姿を消していたチンピラたちの行方も気になるんだよね。あれは王朝からやってきた冒険者で元々手紙を狙っていたから、インリアンと繋がっていたりするのかな」

「そう? あいつらとインリアンが繋がっているようには見えなかったから、きっとインリアンを追いかけて殺してでも手紙を奪うと私は思う」

「そうかも。インリアンの師匠? あの仮面の男も気になるね」


 ルイードさんとは何かしらの因縁がありそうだったあの不気味な男は、いつの間にか姿を消していた。あれも嫌な感じで絡んできそうでウザい。


「まだ手紙を配達する前なのに、随分と困難な仕事ね」

「まったくだよ」

「ギルドに言って依頼を取り下げようにも手紙を盗まれたままでは無理ね」

「そうだね」

「そしてカメアリが言う通り、この広い王都を私達だけで探すのは不可能に近いわ」

「かもしれない」

「だから私と逃避行しましょう?」

「はい?」


 あまりにも突飛な発言に僕は足を止めてしまった。


「依頼も仲間も全部捨てて、私と逃亡生活をするの。楽しいわよ?」

「逃亡生活に楽しさを見いだせないけど……」

「人知れぬ森の中に小屋を作ってセッ◯◯ピーして小さな畑を耕してセッ◯◯ピーして小動物を狩りながらセッ◯◯ピーして朝起きたらセッ◯◯ピー、寝る前にもセッ◯◯ピー。いつでもどこでものんびりセッ◯◯ピーしながら過ごすの」


 最近確認された「この世界の七不思議」の一つで、ある特定の言葉は僕たち稀人……つまり地球からの転生者の耳に届かない強制力が働いているらしい。


 基本的にどんな種族の言葉でも日本語として聞き取れるし、僕が日本語で話せば相手の理解できる言葉に自動変換されて伝わっているはずだけど、不思議にもそれができない単語もあるんだよね。


 で、ルデリッサは何を言おうとしているんだろう?


 折檻せっかん設計せっけい石鹸せっけん接骨せっこつ節水せっすい節制せっせい接待せったい折半せっぱん接吻せっぷん……わかんないなー。全然わかんないなー。


「いちゃついてるんじゃねぇぞチクョォおおおお!」


 ん? 今の叫び声はインリアンの……。


「今のはあっちの通りから聞こえたわ」


 西の方に続く路地か!?


「む……」


 性懲りも無く、王朝からやってきたチンピラ冒険者たちが僕たちの前に現れた。人数がさっきより少ないな……。


「おおっと。あの野郎からブツを奪うまで大人しくしててもらおうか」


 なるほど。仲間がインリアンを追っているから僕たちを通せんぼしたいわけか。


「カメアリ、行って。ここは私が」


 ルデリッサは両刃の斧を構えた。


「わかったルデリッサ、気をつけてね!」

「終わったらセッ◯◯ピーだから」


 何言ってるのかよくわかんないです。


 とにかく僕は小柄な体格を駆使して男たちの間をすり抜け、王都の西に続く路地に入った。


 西の方には猫人種フェルプールの魔法使いイェニコルが向かったから、上手く行けば挟み撃ちにできるかもしれない―――と思ったけど、そう世の中は甘くない。


 狭い路地に立ちふさがっているのはインリアンを追いかけていた冒険者だろう。


 うわぁ……。口元は布で隠しているけど、その目付きの濃さよ……。


 王朝はどちらかと言うとアジア系の顔立ちが多いが、この人の顔つきは中東っぽい。手にしている武器も半月剣シャムシールなので、アラビアンナイト感が凄い。


 それにこの人は多分、女性だ。


 鎧と布で体の線は見えないし、肌の露出は目元だけだけど、身長と体の動きからして女性に違いない。


 まいったな。こんな僕にだって「女子供に暴力を振るうのは最低だ」と思うくらいの矜持はある。たとえ相手が僕を殺そうとしている敵であっても、なんとか傷つけないように回避したい。


 逃げ切れるか?


 ―――いや、この狭い路地で彼女を避けて前に進むのは不可能だ。逆に振り返ってルデリッサの方に向かおうとした瞬間、きっと背中を切りつけられるだろう。


 傷つけないように戦えるか?


 ―――よし、無理ではないはず。致命傷を避けて急所に剣を押し付けて降参させればいい。


「……」


 オイスターソースより濃い目つきの女冒険者は、半月剣シャムシールをもう一本抜いた。


 二刀流……。あれはまずい。あんな重そうな剣を二本も振り回せるってことはかなりの腕力を持つ実力者だ。女性だからと舐めて掛かったら輪切りにされてしまいそうだ。


 よし。


 インリアンが僕の懐から手紙を抜き取るためのブラフとして捨てた短剣、そしていつも愛用している短剣。その二つを手に持って構える。つまり短剣二刀流だ。


 女は濃ゆい目を細めた。布で隠した口元は笑っているのか、それとも驚いているのか。


「試しに聞いておくけど、通してくれないかな」

「……」


 無視して斬り込んできた!! 早い、いや!!


 僕が稀人としてある程度鍛えていなかったら、首を飛ばされていたかも知れない。それくらいの高速打ち込みだった。


 ギリギリで身を引いて剣閃を回避した僕は、体が戻る反動を利用して打ち込み返した。だが、相手は僕の短剣から繰り出される突きを剣の側面で全て受け止めて数歩下がってしまった。


 やばいかも。この人、かなりの実力者だ!

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