第253話 戦い傷つけ合うだけが全てじゃないというウザさ
この僕、カメアリこと亀有紋次郎は困っている。
先日パーティから追放したインリアンが、すごく恨み深い眼差しで僕たちを見ているんだけど、それよりなによりどうして水桶を背負っているんだろう? もしかして冒険者の仕事で水汲みとかしてるのかな……。
まぁ一人で出来る仕事って限られるから、対価の低い仕事を受けたんだろうなぁ。大変そうだなぁ。
そもそもインリアンは荷物持ちとして僕たちと一緒に行動していたけど、これといって長所があるわけじゃなかったから、きっと仕事できないんだろうなぁ。むしろ短所だらけだったから追放されたんだよね。
なぜかインリアンが抜けてから僕たちはかなり弱体化してしまったという事実もあるけど、それについてはルイードさんが仮説を立ててくれた。
実はインリアンは勇者の子孫で、
幼馴染みのモーネに聞いたら、不確かだけどその説は十二分にありえるとわかった。だけど、今更呼び戻すつもりはまったくない。それよりも強化された後と同等になるまで自分たちを鍛え直せばいいやという結論にも至った。
だから、今インリアンに会ったからといって何も話すことはない。それを「ほれ、オメェがやるんだよリーダー」って戦うことを促してくるルイードさんはニヤニヤしている。
「別に僕は彼となにかするつもりはないんだけど」
「ふっざっけっるっなカメアリ! 稀人だからってなんでも思う通りになると思うなよ!!」
「インリアン……。どうしてそんなに僕にムカついてるんだ?」
「てめぇが俺を追放してハーレム作ってイチャコラしてるからに決まってんだろうが! 俺のモーネを返せ!」
「返せって言われても、僕が取り上げたわけじゃないよ。本人の意志だし。それに君を追放したのは【赤き鋼鉄の絆】全員の同意だよ?」
「うるせぇ! 俺の力を知ったら土下座して戻ってきてくれって言いたくなるんだからな!」
「へぇ?」
僕はインリアンの自慢話に付き合うことにした。もしかすると仮説の話が正しかったのかどうかここで分かるかも知れない。
「俺はなぁ、勇者の子孫なんだよ!」
「へぇ(予想通りじゃないか)」
「知ってるか? お前みたいな無能の稀人と違って勇者には
「へぇ(仮説通りじゃないか)」
「バフアタッカー。この力は俺が攻撃を加えたダメージ分だけ仲間の攻撃力と防御力を強化できる。つまり、てめぇらが今までやってこれたのは俺のおかげだったんだよ!」
「へぇ……(なにからなにまで読みどおりじゃないか)」
僕としてはもっと意外性があると思っていたけれど、想定の範囲内すぎてがっかりだ。
「ところでインリアン。どうしてそんな力があることを言ってくれなかったんだい? それなら君が無駄に前衛に出てくる理由もわかったのに」
「ふん! この力を知られてしまうと強化対象から外れちまうから言えなかったんだよ。それなのにお前らは俺を厄介者扱いして追放しやがって!」
「そうなんだ……。だけど、その力がわかっていたとしても追放していたと思うよ」
「あ? なんだとてめぇ!」
「君のその言動、態度、考え方。すべてが僕たち【赤き鋼鉄の絆】とそぐわなかったからね」
「うるせぇ! 俺からなにもかも奪って行きやがって! 赤き鋼鉄の絆って名前も俺が考えたんじゃねぇか!」
「そう。君が誰の意見も聞かずに勝手に決めてしまった名前だね。ギルドにはこれで登録されてしまっているから変更も難しい。困ったもんだよ」
僕としては冷静に伝えているつもりだけど、話せば話すほどインリアンは激高していく。彼はきっと僕を格下に見ていたから、そんな僕に正論を突きつけられて腹が立って仕方ないんだろうなぁ。
「勝負だカメアリ。俺が一人だと何も出来ないなんて思うなよ!」
インリアンは背負っていた水桶を置くと、地面に落ちている石塊に視線を飛ばした。他にもあからさまに自分の持っている短刀を凝視したり、服の袖をガン見しているところからして―――もしかしてだけど、彼の能力「仲間を強化する」の「仲間」という定義は、人間じゃなくてもいいのかもしれない。
だけど彼は基本的なことを忘れている気がする。
「しねぇカメアリぃぃぃぃぃぃぃ!」
殴りかかってくるインリアンをひょいと回避する。
「避けんなてめぇぇぇぇぇ!」
「無茶苦茶言うね……」
当然避ける。避け続ける。
インリアンの能力とやらは、彼が攻撃を加えたダメージ分だけ仲間の攻撃力と防御力を強化できるというものだ。だったら彼が攻撃を加えられなかったら、なんにも強化できないということになる。
そしてインリアンには悪いけど彼に戦闘センスはない。刺突させるように使う細身の短剣を、まるで両手剣を振るように大振りで使っているくらいだしなぁ。
「おやおや? 私の弟子が囲まれていじめられているではないですか」
そこに現れたのは仮面をかぶった男だった。
「ああん? ったく、おめぇかよ」
僕の後ろでルイードさんが苦々しげに声を漏らす。
「いけませんねぇルイード。そちらの稀人の当て馬に私の弟子を使うつもりですか?」
「てめぇが弟子? おいおい、そいつのことを本当に弟子だと思ってんのか? どうせいつもみたいに暇つぶしの遊び道具にしてるだけだろうが。これまでに何人が道を外しちまったと思ってんだ、おう?」
―――くっくっくっ。人間を堕落させたあなたが人の道を私に説きますか
―――やっぱ、てめぇはダドエルの穴に戻ったほうがいいぜアザゼル
―――だったらあなたも神の手駒なんてせず、さっさと地獄に戻ったほうがよろしいですよウザエル
ん? なにか今、声ではない言葉が僕の頭の中に聞こえてきた気が……。
「よそ見してんじゃねぇぞ!!」
あ、しまった。あっちの二人に気を取られすぎてインリアンの接近に全く気が付いていなかった。
「!」
短剣が僕の革鎧の上を掠る。その僅かなダメージは彼が「仲間」と認めたモノを強くする。今の場合、短剣や服、そしてその辺りに落ちている石がそれだ。
だけど、その「仲間」とやらが化け物みたいに強くなるためには相当なダメージを入れてこなければ。残念ながらその前に僕がインリアンを泣かせて終わりだ。
「カメアリ!」
「インリアン……」
勝ち誇ったような顔をして迫ってくるインリアンに憐れみすら感じたその時、彼は短剣を落とした。
「え」
この戦いの真っ最中に剣を落とすなんて、一緒に冒険にでかけていたときも流石にそんなヘマはしていなかった。
思わず落ちる短剣に目が行く。そしてその行動がわざとだったと気がついた時には、インリアンは僕の懐に手を伸ばして手紙を抜き取っていた。
「!」
インリアンは一目散に走り去っていく。
やられた!
あれはギルドから直接使命された依頼の品。しかも依頼主は王国王妃で手紙の送り主は王朝の偉い人……。国家をまたいだ重要書類だ。
その依頼品を「盗まれました」では話にならない。場合によっては損害金では済まない罰則が考えられる。
「インリアンめ!!」
盾戦士のパウラが吠える。インリアンは戦いで勝てないことを悟り、最も効率的で効果的な嫌がらせにシフトしたのだろう。本当に性格が悪い男だ。
「さっきのチンピラたちがいないわ!」
修道女のモーネが言う通り、王朝から来たチンピラ冒険者たちの姿がなくなっている。ルイードさんにあれだけ理不尽にボコられても、ちゃんと逃げおおせるだけの実力があったということか……。
「遊んでる場合じゃないにゃ。手紙を取り返さないと王国の一番偉い人に殺されるにゃ!」
魔法使いのイェニコルが言う通り。王国王妃と言えば怜悧冷徹な為政者。王がどこにいるのか謎だけど、とにかく王国の繁栄と平和を担っているのは王妃がいるおかげだと言われている。そんな王妃を怒らせてただで済むわけがない。
「おいおいなにやってんだよリーダー」
仮面男と胸ぐらをつかみ合っていたはずのルイードさんが、やれやれ顔で戻ってきた。
「ごめん。やられた。みんなでインリアンを探し出して依頼品を取り戻そう。このままだと僕たちは依頼品を盗まれたマヌケパーティだ」
「だろうな」
「だけど起きていることはありのままギルドに伝えるよ」
「は? マヌケって言われちまうぜぇ?」
「いいんだ。僕たちからギルドの依頼品を盗んだインリアンは、王国内で指名手配される。そして今しがた思い出したけど、その仮面かぶってる師匠とかいう人も少し前に指名手配されていたよね? 師弟揃って指名手配だなんて、二人ともただでは済まないだろうね」
「おめぇ、いい性格してんなぁ」
ルイードさんが呆れ顔をしていると、仮面男は「おやおや」と手を広げて大げさに驚いてみせた。一挙手一投足がわざとらしい。彼は道化師かなにかなんだろうか……。
「私を脅した所で、あなたがマヌケにも盗まれた手紙は戻ってきませんがねぇ。いやぁマヌケマヌケ。戦ってる最中に盗まれるなんてどんだけマヌケなんでしょうかねぇ」
「……」
僕は余り怒らないタイプだけど、この仮面男の口ぶりには正直イラッとした。
だけどわかる。この男は危険だ。挑んでどうにかなる相手じゃない。まるで山より大きな大蛇に睨まれているような気分がする。
「カメアリ! そんな変態仮面のことはどうでもいいから、インリアンを追いかけよう!」
斧戦士のルデリッサに言われて、はっと我に返る。
そうだ。手紙を取り戻さないと!
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