第252話 あけましておめでとウザいます

 俺の名はインリアン。


 何度も言うが、俺は勇者の子孫で特殊能力スキル「バフアタッカー」を使える超有能な冒険者だ。


 俺が攻撃を加えたダメージ分だけ仲間の攻撃力と防御力を強化できるっていう能力なんだが、問題はこの特殊能力が俺自身にはなんの影響も及ぼさないってところだ。


 しかも、仲間にしか効果しない上にどういう理屈かわからないがこの能力のことを知られてしまうと強化対象から外れてしまうという制約もある。だから嫌われながら前で戦うわけだが、残念すぎることに俺には戦闘センスがない。


 前に出れば弱くて邪魔。下がれば仲間に有効な効果を与えられない。どっちにしても俺自身は弱いまま。


 そんなどん詰まりの状況を救ってくれたのは仮面の魔法使いアラハ・ウィ先生だ。


 一時期は王国内で指名手配されていたくらいの悪人だが、王国王妃から恩赦を与えられて今はフリーの冒険者をやっているらしい。


 どうして彼が俺に興味を持ったのかはわからない。だが、惜しみなく俺を調教……いや、鍛えてくれるので有り難い。


「先生、日課の窓拭き終わりました」

「えぇ、えぇ。ご苦労さまですとも」


 ここはアラハ・ウィ先生が王都郊外に建てた一軒家。東の外壁近くの空いた土地に勝手に住み着いているようだが、いつか衛兵に怒られるんじゃないかな……。


「次は水汲みをお願いしますね」

「それ、先生の魔法で水を出したほうが早くないですか?」


 アラハ・ウィ先生は無から有を生み出す。水なんてドバドバ生み出すことが出来るのでわざわざ水汲みに行く必要はないはずだ。


「そんなことしたらあなたの修行になりませんからねぇ」


 なんと。水汲みは修行の一環だったのか!


「それに私は今から年末の同人誌即売会で買い込んだ春画、いえ、魔導書を熟読する仕事がありますので、よろしくおねがいしますとも、えぇ」

「春画?」

「いえいえ。読めば性癖がネジ曲がる魔導書ですとも。ちなみにこっちが催眠陵辱系、こっちがネトラレで、こっちはイチャラブ。そしてこっちが対魔忍の」


 アラハ・ウィ先生はトンデモなく高位な魔法使いであることは間違いないが常人ではない。天才とバカは紙一重と言うが、彼はそのどちらにも傾かずに変態道を突っ走るタイプだ。


「水汲んできます」


 この一軒家は王都の上下水道設備の外にあるため、近場の古井戸まで水汲みに行かなければならない。勿論王都ではあたりまえになった水洗トイレもないんだが、この人がトイレに行くのを見たことがないな……。


「インリアンさん、これを見てください」

「なんすか、そのぶよぶよしたピンク色のへんなやつは」

「水魔法とスライムと薬剤の三神合体で生み出したオリジナルの密閉型オナ……」

「いってきまーす」


 俺はこんな変態仮面でも師事して正解だったと思っている。


 最初は意味ないと思っていたことでも、ちゃんと鍛えられてメキメキ体力は上がっているし、特殊能力スキルの使い方の「抜け穴」も教えてもらえた。


 俺の「バフアタッカー」は仲間にしか効果しない能力だが、その仲間というのは別に人間じゃなくてもいいとアラハ・ウィ先生に教わったのだ!


 なんと! 剣でも盾でもその辺りの石ころでも、俺が「仲間」と認識さえすれば効果がかかる。つまり、俺の武具は俺が戦えば戦うほど強くなり、どんな敵をも切り裂き、どんな攻撃も防げるようになるってことだ。


 これ、すなわち無敵! 俺を追放したカメアリたちをザマァできること間違いなし!


「あいつらにどうやって復讐してやろうか……」


 俺は自分の上半身と同じくらい大きな水桶を背負って歩きながら思案する。


 酒場でよく聞く話だと、俺みたいにハブられた連中は大体同じ様なパターンでザマァしているらしい。その王道ザマァは「成功を収めたら自分を追放した連中が戻ってこいとか言い出して、それを断ってザマァする」というパターンだが、それってまず成功しなきゃなんだが―――あれ?


 俺は、思わず身を隠した。


 南の冒険者ギルドで見たことのあるチンピラ冒険者たちが肩で風を切りながら歩いてくる。


【赤き鋼鉄の絆】から追放された直後の俺は荒れまくり「稀人のカメアリが好き放題出来るハーレムパーティを作った!」とあちこちで愚痴ったが、やつらはそんな俺に酒を飲ませながらパーティ構成やらカメアリの弱点をしつこく聞いてきたのでよく覚えている。


 少し訛りがあったから王国の冒険者じゃない。顔立ちからしても東の……王朝の冒険者じゃないだろうか。


 そのチンピラ風冒険者たちの後ろに、どういうわけかカメアリたち【赤き鋼鉄の絆】が続いて歩いてきた。


 ギルドの修練場もないこんな裏地に来るってことは、まず間違いなくチンピラたちと一戦交えるつもりなんだろう。


『カメアリの野郎、俺のモーネを巻き込んであんな連中と喧嘩なんかしてんのかよ』


 カメアリもそうだが【赤き鋼鉄の絆】は俺が特殊能力で守っていたからこそ戦えていただけで、実力は四等級冒険者の平均程度だ。しかし相手のチンピラたちは装備の使い込み方を見ても三等級、もしかすると二等級かも知れない。


 カメアリがボコボコにされた後に待っているのは女達への陵辱だろう。そうに決まってる。


 しかしハーフオーガの斧戦士ルデリッサは体格的にヒュム種の男じゃ相手にならないし、ドラゴニュート種の盾戦士パウラと猫人種の魔法使いイェニコルは見た目的に特殊性癖でもない限り興奮できない。


 ってことは、あのチンピラたちに陵辱されるのは俺の幼馴染みの修道女モーネってことになる。


 あのチンピラたちは嫌がるモーネをひん剥いてあんなことやこんなことをするシーンなんて(ちょっと見てみたいけど)勘弁ならない。


『ふん。カメアリの野郎が負けたら俺がモーネを救い出してやる』


 物陰から物陰へと移動しながら一行を追いかける。


 よく見たらカメアリたちの後ろについているのは新顔か? 胸はでかいが身長は小柄なノームの女と、ヒュム種にしてはやたらガタイがいい胡散臭いおっさんがいる。


「……」


 突然おっさんが振り返った。


 なんだよ! あんなボサボサの前髪で前見えてるのか!?


 一瞬俺と視線が合ったような気がしたが、おっさんは気にせず歩いていったので、きっと気付いていない。セーフ!


 慎重に尾行すると、やつらは外壁に近い空き地に出て武器を構えあった。


 冒険者同士の決闘や手合わせとか、そういうもんじゃない。あれは殺し合うつもりだ。


「手紙をよこせば命だけはまけてやるぜ」

「何の話だい」


 カメアリがリーダーぶって応対しているが、あんな態度じゃ舐められる! もっと強気で言わないと!


「とぼけんな。ギルドから直接依頼されただろうが。王朝からの手紙だ」

「なんのことかな」

「しらばっくれんな。王朝にはそいつがスサノオのところに行くと困る連中がいるんでな。渡してもらおうか」

「ということは君たちは王朝の冒険者かな? 依頼されてわざわざ王国までやって来たのかい?」

「そうだとも。手紙には王朝固有の魔法印が付いてるからどこにあるのか探し出すのは簡単だったぜ。だがギルドが保管しているうちは手が出せなかったってわけさ。ほれ、種明かしはしたんだ。怪我しねぇうちに手紙を渡せ」

「悪いけど、一人大金貨五枚の大仕事なんだ。あなたたちがその倍払ってくれるんだったら考えるけど?」

「くはははは! そんな大金は持ち合わせてねぇな! そしてビタ一文払うつもりもねぇ。てめぇらをぶっ殺して奪うだけのことだ」

「だったら冒険者じゃなく強盗を名乗れよ田舎者」


 カメアリが先に動いた! なんだあれ、早い!?


 俺が「バフアタッカー」で強化した後くらいの速さで動いたカメアリは、素手でチンピラ冒険者の一人を殴り飛ばした。バカか!? なんで短剣で刺さないんだ!!


「ああん?」


 殴られた男は平然としている。


「速さはすげぇが随分軽いパンチだな。どうして剣を抜かない?」

「殺すと僕たちまで犯罪者になるからね。捕まえて衛兵に突き出すさ」

「抵抗しないとでも思ってんのか、このバカは」


 そうなるだろうよ! 相手は人殺しなんてなんとも思っていなさそうな連中だぞ! ええい、やっぱりカメアリのチキンハート野郎にリーダーは無理だ!


「カメアリ、がんばって」

「お前ならやれるぜ!」

「にゃ!」

「カメアリさん、ふぁいてぃん!」


【赤き鋼鉄の絆】の女達が出す黄色い歓声が余計に腹立たしい。マジでハーレムじゃねぇかあの野郎!


「なにがふぁいてぃんだ、あのガキャ……」

「くそ! くそ! うらやましい!」

「王朝の女冒険者どもに見習って欲しいぜ」

「うちの女どもは男より怖いからな……。声援なんて聞いたことがねぇ」


 チンピラ冒険者達は涙目になってる。【赤き鋼鉄の絆】の女達は決して美人じゃないし多種族混成なのでヒュム種のあいつらからすると趣味趣向が合わないだろうが、まさかの精神的ダメージを与えている!?


「いいなぁ、あの鬼っ娘。ああいう大きい女に抱かれたい」

「俺はドラゴニュートのあのセクシーボディーに抱きつきたい」

猫人種フェルプールをモフモフしたい」

「あの修道女の真面目そうな顔が淫らに歪むのを見てみたい」

「ノームの巨乳を揉みちぎりたい」


 このチンピラ共は、うちの師匠並みに特殊性癖の魔導書を読み込みすぎて感覚狂ってんじゃないのか? 俺のモーネが淫らに歪むわけねぇだろうが!


「おいこらてめぇら、今なんつった」


 前髪ボサボサのおっさんがずいっと前に出た。


「ノームの巨乳を大根おろしで摩り下ろしたいっつったか、コラ」

「「「「言ってねぇ! 痛々しい!!」」」」

「俺様の子分にそんなことさせねぇぞボケェ!」

「「「「話を聞け!」」」」


 ノームの女の子はおっさんがしゃしゃり出たのをまんざらでもないように見ているが、【赤き鋼鉄の絆】の連中はカメアリも含めてポカーンとしている。ぶっちゃけ俺もこの展開は想像していなかったのでポカーンだ。


「新年あけまして悪即斬!」


 おっさんはフンスッと鼻息荒くチンピラ冒険者たちを殴り倒していく。


 おおう……人間って、地面に叩きつけられるとゴム毬みたいに跳ね上がるのかぁ。知らなかった。


「ほれ、オメェがやるんだよリーダー」

「いやいや、あなたが全員殴り倒しちゃったんじゃないですかルイードさん……」

「バーカ。こんな連中じゃなくてそっちにいるだろうがよ」


 指さされた俺はカメアリと目が合ってしまった。


「インリアン……」


 カメアリのどこか憐れむような眼差しを受けて、俺は思わずカチンと来てしまった。


 ぶっ殺してやる!

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