第249話 面接したらウザいのがやってきた!

「カメアリ、どうしたの」


 斧戦士のルデリッサが高い視点から僕を見下ろしながら言う。


 鬼人種オーガよりヒュム種の血が強いハーフとは言え、彼女は筋肉の塊で背も高いので、普段から僕を見下ろすようになってしまうのだから仕方ない。


 だが、今日は「仕方ない」では済ませられないほど彼女との連携がうまくいかない。


 両刃の巨大な戦斧を軽々と肩に担ぐ彼女だが、今まで一撃で切り倒していたイヴルエントを五回もぶっ叩いて、ようやく倒すという体たらく。その間、僕が他の魔物を引きつけて運動会のように彼女の周りをぐるぐる回るという、傍目からだと滑稽な連携をしてしまった。


「お前らふたりとも調子悪そうだけどな!」


 そう言う盾戦士のパウラはよろよろになっている。


 防御力に勝るドラゴニュート種の彼女は自慢の大盾で敵の攻撃を受け止めて後衛を守り、僕とルデリッサが敵を殲滅するというのが定石だけど、今回はそれも上手くいかなかった。


 バウラはコボルドスモール(チワワのように小さな人型の魔物)の突進すら受け止められずに大盾ごと倒れたり、いつもなら無敵の鱗で「フンス!」と敵の攻撃を弾いていたはずなのに「いたっ! いやっ!」と、ひ弱な女のように(女だけど)くねくねしていた。


 そんな前衛職の僕たちをジト目で見ている猫人種フェルプールの魔法使いイェニコルも、今日は全く活躍できていない。


 いつもなら得意の炎魔法でモンスターを一網打尽にするのに、今日に限って魔法効果が弱く、ロックイーターなんて余裕ぶちかましてイェニコルの炎を使って焼き芋を作っていたくらいだ。


 そして今、修道女のモーネも回復魔法がなかなか効果していないので焦っている。


 これは―――おかしいでしょ。


 昨日より明らかに弱体化している。しまくっている。


「赤き鋼鉄の絆」のリーダーになった僕としては、この異常な能力低下を危惧して撤退の判断を下したい。そしてこうなった原因を究明したい。


 誰かに弱体の呪いを掛けられた可能性は? ―――あるねぇ、恨まれてるだろうねぇ、つい最近。


 荷物持ちポーターのインリアン。


 彼を追放してから今日が初めての戦闘だけど、前はここまで酷くなかった。それは彼が荷物持ちの領分をわきまえずに前衛に出て、僕たちの連携を邪魔していた頃と比べても、だ。


 だけどインリアンに呪いの魔道具を買う余裕があっただろうか。あれって結構お高いからなぁ。しかも僕たちの人数分揃えるとなると一財産だ。


 ちなみに彼は「宵越しの金は持たない」と言いながら報酬は一晩で使い切り、翌日はモーネに金を借りるということを繰り返していた。あ、僕も結構貸していたな……。追い出した手前、催促するべきか悩むな、これ。


 それとこのパーティ構成にも問題がある。


 戦士(戦斧)、戦士(短剣)、戦士(盾)、僧侶、魔法使い。


 回復役の僧侶がいるだけマシだけど、突撃型パーティだ。


 索敵や斥候、罠の解除や察知など、優れた補助役である義賊がいないパーティはダンジョン攻略に向いていない。それは前々から思っていたことだ。


 それに、荷物持ちがいないのも手痛い。戦闘以外で必要な水や食料、寝具、カトラリーやクッカーなどなどを持たずに冒険するやつなんていない。だから僕たちは自分たちでそれを背負っている。そんな状態で戦闘に入るとリュックを下ろす暇もなく戦うことだってある。当然リュックの重みで動きは鈍るし重心がずれて思うように戦えない。


「みんな。今日は一旦帰還しよう。そして義賊と荷物持ちを仲間に加えようと思う」


 僕が提案すると、全員が薄く頷いた。


「それと、僕たちが明らかに弱体化した原因を調べたい。モーネ、サマトリア教会のツテで僕たちが呪いをかけられていないかどうか、鑑定してもらえないかな」

「わかったわ」


 彼女も薄々は自分たちが「何者かによって弱体化された」と気がついていたんだろう。キリッとした目には怒りの炎が満ちている。


「ルデリッサとパウラは、インリアンが酒場で僕たちについてなにか言っていなかったか聞き込みして欲しい」

「了解よ」

「おう、オレに任せろ!」


 もう個人名出しちゃったけど、インリアンがなにかした可能性が高い。それが間違いないならきっと彼のことだから酒が入る場で調子に乗って「オレはアイツらにこんなことしてやったぜぇ」と自慢しているだろう。


「イェニコルは僕と一緒に採用面談に加わってほしい」

「了解にゃ」


 荷物持ちは僕でも見極められるけど、義賊となると猫人種フェルプールの彼女の方が審美眼を持っている。なんせ猫人種は生まれながらの義賊で、僕やモーネのようなヒュム種では到底察知できないことまで耳やヒゲで把握するし、とんでもなく機敏だからね。




 □□□□□




「えー……」


 僕とイェニコルは、冒険者ギルドの一角に設けた「赤き鋼鉄の絆、新規採用窓口」にやってきた二人組を見て、思わず声が漏れてしまった。


「あたしはシルビス。義賊としちゃ、少しは名が売れてるんだから」


 ノーム種特有の豊満すぎてバインバイン揺れている胸元から目をそらす。この世界の女性は乳袋ブラジャーをしない人が多いので、本当に目の毒だ。


「俺様はルイード。荷物持ちとしちゃあ世界一だと思ってるぜぇ? おおーん?」


 よりによって東の冒険者ギルドで一番の厄介者、ウザ絡みのルイードとその仲間シルビスがやってくるとは。


 断ればどれほどウザ絡みされるか想像もできないが、受け入れたら受け入れたでまともにパーティが機能するとも思えない。


「あの子の身のこなし、義賊のギの字もないにゃ……」


 イェニコルが僕の耳元に囁く。この僅かな時間でもう見抜いてしまったのか……って、うん、僕にもこの巨乳ちゃんが義賊っぽくないってことはわかってる。気配を敵に悟らせないように足運びするのが義賊なのに、ここの席に座るときもズカズカドスン!って感じだったし。


 さて。赤き鋼鉄の絆のリーダーとして僕はどうするべきか。


「ちなみに」


 ウザ絡みのルイードは、見た目的にも邪魔でうざったいボサボサの前髪をクシャクシャと掻きながら言う。


「このおっぱいデカ子は無能で態度と口が悪い女だけど、俺様がいりゃあパーティの戦力は倍、いや三倍は硬いぜぇ? だけどこいつと一緒じゃねぇと加入してやれねぇなぁ」

「誰がおっぱいデカい美少女だこんにゃろう!」


 シルビスはルイードの側頭部にげんこつストレートを打ち込んでいるけど、まったく効いていないっぽい。


「ああん? 美少女なんて言ったか?」

「言ったじゃんか! 形が良くて大きな美乳で、く、口テクも上手な美少女って!」

「口テクってなんだよ。どうするのがコツなのか言ってみ?」

「そ、それはほら、なんかこう舌をレロレロする感じで」


 この子、淫婦っぽく振る舞おうとしているけれど、全然経験がないね? シルビスと同性のイェニコルをちらっと見ると、共感性羞恥心かなにかで赤くなっている。テレビで芸人がスベると、なぜかこっちまで恥ずかしくなるという、アレだね。


「おめぇ、ほんと取り憑かれてた時のほうが百倍淑女だったな……」


 ルイードは呆れたように言う。案外常識人なのかも知れない。


「うっさいバーカ! あんたみたいなボサボサ浮浪チンピラなんかに、どんな男も虜にするあたしの淫乱ビームがわかるもんか!」

「ああ、わかんねぇわ。全然わかんねぇわ。なにそのビッチぶった感じの女子中学生みたいなノリ。処女なのになにが淫乱ビームだ阿呆。もちっと慎み深くだな……」

「うっせ! てめぇはあたしの親か!」

「うわぁ、なんなんだよ。憑依が解けたら絶賛反抗期真っ最中とか、マジでしんどい……」


 ウザ絡みのルイードは意外にも常識的な対応をしている。


 巨乳美少女を性奴隷にしているとかいう噂もあったけど、少なくとも僕の印象ではそんなことをしている風ではなく、どちらかと言うと必死に背伸びしている少女を諌めている大人の男だ。


 彼が何等級の冒険者かは知らないけれど、熟練者であることは間違いないし、荷物持ちとしては十分だろう。そしてシルビスも義賊としての腕前は半人前以下だとは思うけど、いないよりはマシだ。彼女の働きぶりを見ていれば彼女の次に雇う義賊のレベルを推し量れるだろうし、無駄にはならない。


「報奨は均等割りすることになっている。だから働きが悪いメンバーはすぐに辞めてもらうけど、いいかな」


 威厳あるように強めの口調で言ってみる。それでなくとも僕は見た目が幼くて小柄だから舐められやすいからね。


「失礼します。パーティ加入おめでとうございます」


 突然僕たちの席にやってきたのは冒険者ギルドの受付をしているエルフの女性だ。受付嬢の中で一番偉い一だったっけ。確か名前はカーリー、だったっけ。


「お祝いと言ってはなんですが、赤き鋼鉄の絆に当ギルドから指名依頼を出したいと思います」


 鉄面皮というあだ名を付けられたエルフの美女は淡々と言った。どうして祝いで指名依頼を入れてくれたのかはわからない。他のパーティではそんなことしてないよね?


「リーダーに任せるぜぇ」


 ルイードは頭の後ろで腕を組んでふんぞり返っている。


 なんだろうねこのおっさんは。ウザいけど嫌いじゃない。


 実に不思議な男だ。

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