第247話 役立たず、ウザく追放される

「ウザ絡み……」


 インリアンが心底嫌そうな顔を露骨に出した。


 僕はどんな嫌な人が絡んできてもなるべく表情には出さない。顔色一つが争いの火種になるからね。


 だけど、この厳つい人が冒険者ギルドで幅を利かせているチンピラで、関わりたくない人だということはわかっているので顔はこわばってしまう。


「オメェ稀人だったな。名前はカメアリだったか?」


 そのチンピラが僕の名前を知っていることに驚いた。


「そ、そうですが……」

「この男とパーティリーダーの座を賭けて決闘するってかぁ?」

「今のところはそういう話の流れですが……」

「ふーん。そうかいそうかい」


 ルイードは手をひらひらさせながら、いつもたむろっているギルド奥の窓際に去っていった。何しに来たんだろうかと首を傾げていると、ルイードは仲間の女の子と二人して、僕とインリアンのどちらが勝つか賭けを始めたみたいだ。


「はぁ? 稀人と荷物持ち? 稀人が勝つっしょ! てかあたしと賭け勝負するっていい度胸じゃない! スッカラカンにしてやんよ!」


 大きな胸と小柄な体格のまさに「トランジスタグラマー」な美少女ノームが、大声でウザ絡みのルイードに絡んでる。


 あぁ、トランジスタグラマーなんて今どきの言葉ではなかったね。


 これは第二次世界大戦後の昭和の流行語で、日本のトランジスタラジオが小型で高性能だと世界で評判を集めたことから、日本のファッション業界では欧米の八頭身よりも「3C(ちいさい・かわいい・かっこいい)」が重視されて、小柄でも高性能グラマーなファッションモデルのことをトランジスタグラマーと呼ぶようになったんだ。が知らない時代の流行語だね。


「オメェ、……に取り憑かれてる時は、今よりほんの少しばかりは可愛げがあったんだがなぁ」

「は? なに? はっきり喋れよおっさん!」


 ウザ絡みのルイードは、自分の体格の半分くらいしかないような女の子に詰められて辟易しているようだ。普通のチンピラなら暴力を使って追い払うなり、どこかに連れ出していかがわしい事をする所だろうが、そういう様子はないので一安心だ。


 それにしても、ギルドの受付にいる美人エルフが氷のような表情でトランジスタグラマーちゃんを睨んでいるけど、大丈夫かな。


「カメアリ、邪魔が入ったけど話の続きだ!」


 ぼけっとしていたら、インリアンが僕の鼻っ面に顔を近づけてきた。


「いいか、決闘に勝った方が赤き鋼鉄の絆のリーダーだ」

「ちょっとまってよ」


 インリアンの幼馴染みで修道女のモーネが憮然とした表情で割って入った。


「決闘なんて必要ないのよ。私達はインリアンがリーダーになることを認めないのだから」

「は? なに言ってんだよモーネ……」

「だってそうでしょ。さっきも盾戦士のパウラが説明したのに、インリアンは聞き流したよね?」

「説明?」

「あなたじゃリーダーは務まらないって話よ」

「それについては反論したろ!? こいつは異世界人で常識がないし大して強くもない! モーネにちょっかいかけるし、サボり魔だから依頼を受ける効率が悪いって!」

「常識がないと言われるほどカメアリさんはおかしくないわ。むしろ道徳心がありすぎて神に仕えるサマトリア教会の私が驚くくらいよ。それに私にちょっかいをことなんかないし、依頼を終えたら自己研鑽のために勉強や訓練をしている努力家よ? 目先の効率だけを追ってこの先成長することが約束されている【稀人】の可能性を潰すつもり?」


 修道女のモーネが淡々と、それでいて途中で言葉を挟ませないような勢いで言い続けると、さすがのインリアンもたじろいだ。そこに追い打ちをかけたのが他の女性メンバーたちだ。


 斧戦士のルデリッサがインリアンを見下ろしながら低い声で言う。


「インリアンはリーダーとして私達を先導できないでしょ? 報酬ばかりに目が行くから危険な依頼を取捨選択することもできないし、荷物持ちポーターという大事な役目をおろそかにして戦闘に立ち入るし、立ち入っても戦力にならないどころか周りの迷惑になって足を引っ張っている。そしてそのことを指摘しても自覚しないし反省もしない。とても独善的で自意識過剰。自分がすべての中心になっていないと気がすまないなんて、そんな人の下で働くメリットがあると思う?」


 スパァンとコキ下ろされてインリアンは涙目になっている。


「あとさぁ、モーネちゃんと結婚を誓ってるとか言ってたけど本人は否定しているにゃ。私達もあんたに惚れてるって酒場で言い回ってるらしいけど、んなわけないにゃ。どういう神経してたらそんな思い込みができるのかわからないにゃ」


 そう言う魔法使いのイェニコルは心底嫌そうな顔をしている。


 修道女のモーネは横で強く頷いて「婚約してるわけがないわよ。婚約指輪も親への挨拶も結納金もないし、なんだったら私への告白もなにもないわけだし!」と付け足している。


 最後にトドメをくれたのが盾戦士のパウラだ。


「役立たずのくせにモテモテハーレム気分なんて、キメェんだよ」


 ドラゴニュート種の「嫌そうな顔」は、本当に心底トンデモなく嫌なんだなとありありとわかる顔になる。あんな表情を向けられたら僕だったら泣き出してしまいそうだ。


「お前、俺の知らない間に女達をたらしこんだな」

「……え」


 ついさっきまで「親友」だと言っていたのに、僕を目の仇にするインリアンの視線には殺気が乗っていた。これは弁解しないとヤバそうだ。


「あのねインリアン。誤解しないでほしいんだけど、斧戦士のルデリッサは鬼人種ハーフオーガの自分より大きな男が好きだっていつも言ってるし、盾戦士のパウラや魔法使いのイェニコルはそもそもの種族が違いすぎて見た目の好みがまるで違う。修道女のモーネなんて戒律が厳しいから、男にたらしこまれるわけ無いでしょ。幼馴染みなのに信用してないのかい」


 僕がそう言うと、なぜか彼女たちは顔を見合わせた。


「背丈は気にしない。カメアリなら」

「オレも種族差は気にならないなぁ。カメアリなら」

「私もなぜか気にならないにゃ。カメアリなら」

「私は戒律があるのでアレですけどカメアリさんなら」


 せっかく的をそらそうとしたのに、ますますインリアンが僕を睨みつけてくる。血の涙でも出そうな眼力だよ……。


 ちなみに僕は日本にいた頃、こんなに女の子に気に入られたことはない。そもそも僕の時代は、第二次世界大戦後の復興と時代の動きが目まぐるしく、女性から人気があったのはバイタリティ溢れる俺様キャラで僕とは正反対だったからなぁ。


 そういえばこの世界で他の稀人に会った時はビックリしたよ。


 なんせ僕が過ごしていた1960年代よりも遥か未来の2020年代の人もいたのだから。どうやらこの世界に呼ばれる人たちの生きていた時代はかなり違うようだし、もしや江戸や戦国の時代からも人が来ているのかもしれないなぁ―――と現実逃避してみたけど、インリアンの血眼は僕を射抜いて離さない。


「とにかくリーダーはカメアリさん以外にないの。もしもカメアリさんがリーダーじゃないとしても、インリアン以外の誰かがやるわ」


 ははぁん、なるほど。僕は修道女のモーネの言葉で理解した。この異世界でモテモテになったのかと勘違いしちゃいけない。この会話劇はインリアンを追い出すために、わざと僕を引き合いに出して持ち上げているだけなんだね? 稀人には強い魅了効果が基本能力としてあると聞いたことがあるので、みんなその特殊能力のせいで惑わされているのかと思ったけど、そうじゃなくてよかった。


 ……だとしたら女というのは、どこの世界でも恐ろしい生き物だ。わざわざ怨嗟を招くようなやり方で相手を潰しにかかるのだから。


「よくわかったよ裏切り者どもめ。後で戻ってきてくださいなんて言っても絶対許さないからな!!」


 インリアンはバンと机を叩き、大股でギルドから出ていった。


 この時の僕たちは、まさかインリアンが抜けたことでこんなことになろうとは思ってもみなかった。

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