第245話 結末はあっさりと、そしてウザく。
シルビスの腕に抱かれている赤子のアリアナは、ギョッとした顔をして固まった。ちょっと胸が大きいだけで大した特徴のないノーム種の少女が「外なる神」であることを認めたのだ。
「この世界にも何柱も神はいるけど、相克関係を知らないバカ神はいねぇ。だが、この世界の外からやってきた神サマなら別だ。オメェ、なんの目的でそんなことするんだ、ああん?」
「え? 良かれと思って」
シルビスは小首をかしげて「なんで私怒られてるの?」みたいな表情をしている。
「むしろルイードさん。どうして私が外の世界から来た神だってわかったの?」
「外から来たのかどうかはわかんねぇが、どこかの神の一柱だってことは薄々勘付いてたぜ。オメェ、ヒロインなのに存在感消そうとしてただろ? ふつー、ヒロインってのは俺様がいくところはどこにでもくっついてくるもんなのに、どうして俺の知らないところで好き勝手遊んでるんだよ」
「なにそのメタ発言! てかヒロイン必要ないでしょあんた!」
そう言われたルイードは、老若男女どころか窓の外にいる悪魔たちですら恍惚とするイケメンシブオジフェイスを光り輝かせ、シルビスを睨みつけた。
「オメェがその小娘に憑依したのはいつからだ」
「初めてあんたの素顔を見た瞬間、この娘の魂が一瞬だけ昇天して神域に触れたのよね。そこで私が降臨、みたいな」
「は? 序盤も序盤じゃねぇか!?」
「そうそう。この子、元々こんな喋り方だったの覚えてる? ―――おっさん、返事しろよ! 私の胸ばっかり見てきやがってこんにゃろう!」
「今と変わんねぇだろ」
「……そういう細かい所を洞察するのは苦手なのね。まあいいんだけど。ねぇルキフエル。ネタバレされちゃったから悪魔一掃大作戦、終わりにしよっか」
「そんな!」
ルキフエルは慌てている。
「悪魔がいなくなったらこの世界、もっと平和かなーってノリでやってみたけど、だめかー」
「もちっとこの世界の事を勉強してからにしてくれ。ほれ、ネタバレしたんだから元の世界に帰れ」
「はいはーい。じゃ、またね!」
かき回すだけかき回した外なる神とやらは消えたらしく、シルビスは「ん?」と眉を寄せた。
「なんだこのガキ……。は? なにここ。どゆこと、これ」
状況が把握できないただのシルビスは、周りを見て硬直した。堕天使やら天使やら悪魔やらが人間が耐えられないほどの神威を出しているのだから、普通の人間に耐えられるはずがないのだ。
「ばぶー」
アリアナの一声をきっかけにシルビスは気を失った。
腕に抱いたアリアナを落とすことなく、しっかり抱き止め続けたのはアリアナの稀人パワーのおかげだろうか。
「……」
突然はしごを外されてしまったルキフエルは顔をこわばらせている。
「ほれ、お前も
前髪を下ろしたルイードは、なんのバトルもなく平静に物事が終わったことに安堵したが、その横で仮面の魔法使いが「締まらない終わり方ですねぇ」と悪態をついていた。
□□□□□
その後の話。
世は事もなし。
赤子のアリアナは「ギュラリントの森」にルイードが作った可愛らしい小屋みたいな家で、魔族のレーザー・レッドゴールドとその妻アンドゥに見守れながら暮らしている。きっと十数年後には美人の稀人(しかし悪魔退治以外に能力はない)としてちやほやされることだろう。
シーマとガラバは正式に結婚し、連合国に家を構えて「テン」という子どもが生まれたと便りが来た。二人とも私立レッドヘルム学院で働いているらしく、冒険者稼業は辞めたそうだ。特にガラバは改修されたエルフの装甲をまとって「教職装甲ガラバァ」というネタを毎年新入学生に披露している。
ちなみにガラバは魔界都市カグラザカのヤチグサ公爵から借り受けたオリハルコングッズや馬車などを返却しに行った時「差し上げる」と言われたのを「こんな高価なもん持ってたら寿命が縮む!」と必死に抵抗したとか。
そのオリハルコン装備や魔馬の馬車を譲り受けたのが、女体化したままのアルダム。彼(彼女)はヤチグサ公爵の庇護のもと、未だに「人間と戦うべき」と喧しい魔族たちを討伐するため、魔界を縦横無尽に駆け回り、充実しているらしい。
ちなみに元が男ということもあって「俺の処女は死ぬまで守り通す!」といいつつ、元々の性癖通りに女魔族をたらしこんでいるため「百合の騎士」と呼ばれているとか。
ビランはシルバーファング家の淑女イノリイ先生と結婚し、しばらくはレッドヘルム学院で戦闘教官を務めていたが、気がついたら連合国大統領の秘書官にさせられ、次の国政選挙で立候補させられる所まで追い込まれているらしい。
これはルイードや熾天使たちしか知らないことだが、この
王妃は王国の実務で多忙な日々を過ごしつつ、英雄ルイードの血を王国に残させるためにいろんな女(自分含む)をあてがおうと画策している。
カーリーはエルフの実家から得た技術をルイードに横流しし、時代の変革者に祀り上げようとしたが、ルイードがまったく興味を示さないため、いつもどおりギルド受付統括として接するに留まっている。
王国のギルド長室はルイードが寝泊まりしている部屋だが、そこをきれいに片付けて身の回りの世話をしているのは相変わらずカーリーだ。しかし帝国の受付統括をしている
魔王アザゼルこと仮面の魔法使いアラハ・ウィは、いつも飄々と冒険者ギルドを訪れてはルイードの酒場で飲んだくれている。
なにをするでもなくただ日々をダラダラ暮らしているので、冒険者たちの間では「あいつ実は貴族なんじゃね?」と疑われている。実際はルイードが面倒を見ているだけで、無一文のろくでなしなのだが。
こうしてルイード一味は解散したのだが―――解散したと誰も思っていない。
それはギルド奥の窓際にある「いつも倒される役目のテーブルと椅子」に腰掛けて憮然としているボサボサ髪の男と、巨乳のノームの寸劇を毎日見せつけられているからだ。
「おっさん!! 今日こそはちゃんと説明しろ! どうしてあたしは何ヶ月も記憶がねぇんだよ!」
「知らねぇよ。てかオメェ、今夜の飯代稼いでこなくていいのか?」
「うざ! あんたがあたしの分も払えよ!」
「どうしてそうなる」
「おっさん! あんた、あたしが記憶喪失している間に絶対エロいことしただろ! 催眠術かなにかであたしを人形のようにして同人誌みたいなことしたに違いない! 飯代くらい安いもんだろ!」
「いやだから、なんにもしてねぇっての」
こうしてシルビスだけがルイードの元から離れていないせいで、王国東の冒険者ギルドで「あいつら解散したってよ」なんて話は一度も上がってこない。むしろガラバたちが出世して独立したという話になっているだけだ。
元々一部の高名な冒険者グループ……【青の一角獣】や【見えない爪】、さらには【サマトリア教会】や【魔術師ギルド】といった救国の勇者たちから一目置かれていると噂になっていたルイード一味だが、ガラバたちのような立身出世者を排出したことで、噂はますます真実味を帯びた。
だが、仲間にしてくれと言い寄る冒険者はいない。
それは誰がどう見てもルイードがウザ絡みしてくるだけで等級すら不明のチンピラ冒険者で、その仲間になるということは「爪弾き者」になるということなのだから。
ルイードが等級を超えた「特級」であることを知るのは冒険者ギルドの受付嬢たちだけだし、なんならここでその次にルイードに近い「ルイードの酒場」で雇われている殺し屋たちもそれを知らないくらいだ。
「あーあ! 種付けおじさんにあたしの体を好き放題されていたかと思うと、キモい! 死にたいけど死にたくないから死ね!!」
「なんにもしてねぇっての。しつけぇなぁ」
「信用できないね! なら今のあたしは本当に処女なのか!? え!? 言ってみろよ!」
「オメェが経験済みなのか未経験なのかなんて知らねぇし、どうでもいいんだがなぁ……」
ルイードすら呆れるほどウザく絡みついていくシルビス。外なる神に憑依されていた間の記憶がまったくない彼女は、ウザ絡みのルイードがなにかしたに違いないと踏んでいる。
「ごめんください。ちょっとよろしいでしょうか」
そこに割り込んできたのは色白の美女だった。ルイードは美女の正体を察知し、少し口元を引きつらせた。
ルキフエル。
シルビスに取り憑いた「外なる神」にそそのかされて、悪魔をネタにしてルイードに取り入ろうと画策した堕天使。
人間の姿にはなっているが、隠しきれない神威をまとっている堕天使は、横目でアラハ・ウィを一瞥したが、気にしていないのか改めてルイードに向き直った。
「好きです付き合ってください」
「中学生かこんにゃろう! こっちが話してんだから割り込んでくんな!!」
シルビスは恐れることなくルキフエルを押しのける。憑依されていたせいもあるが、常々ルイードと一緒にいたおかげで多少の神威には慣れているらしく、今のルキフエルのそれを浴びてもなんともないようだ。
「わりぃが、オメェらと遊んでるヒマはねぇんだ。俺は仕事があるからよぉ」
「は? あんたに仕事? なにそれ」
シルビスが噛み付いてくるが、ルイードはフフンと鼻で笑った。
「とあるお荷物冒険者が仲間たちからクビにされたんだが、そいつがその後に覚醒して随分ザマァしてるらしい。ちょーっと懲らしめに行かねぇとなぁ」
「はぁ? なんであんたがそんなことすんのさ!」
「俺よりウザいやつはゆるさん」
「……なんなのよ、あんた」
「俺はウザ絡みのルイード様に決まってんだろうが」
背が高く筋肉質で、ボサボサの髪は目元を隠し、粗暴な身なりで野盗にしか見えない冒険者のルイードは、太く低い声でそう言った。
(第十章・完)
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